『社長の上手な諌め方』(1)
(「チョコ味のキス」続編)
社長室の扉ノックをし、中からの返事を聞いてから恐る恐る扉を開ける。
いつもならノックをすると「はい」という返事が返ってくるのだが、今日は「何だ」という返事が返って来た。
(声が明らかに怒ってるんですが……)
「失礼します」
入ってすぐに挨拶と共に礼をし、勇気を出して俯いていた顔を上げる。
そして、社長である珀明の顔を見て、凌は絶句した。
「―――!?」
(め、目に見えて怒ってるんですけど!)
社長室の重厚な椅子に座る珀明は、一瞬凌を見ると、直ぐに手元のパソコンに視線を移した。
いつもよりもキツク刻まれた眉間の皺。
いつもよりも冷たい切れ長の瞳。
纏う空気はどこまでも重く、それは部屋に居て息が詰まりそうな程。
(……そんなにも室長が奥様からチョコ貰ったのが気に入らなかったの?)
「お早うございます、社長。本日は私、如月が室長の代わりを務めさせて頂きます」
恐怖心を必死に抑え、事務的に言葉を紡ぐ。
(今日は絶対に失敗出来ないわ。あの目で睨まれたら……)
「…………」
(ひぃ〜! ……もう想像することすら恐ろしいわ)
「ああ、暫くはお前をつける」
「暫く、ですか? 室長からは本日一日と伺っておりますが……」
(暫くって……何!?)
「あいつの話はいい。今日のスケジュールを確認しろ」
レイヴンの話題が気に障ったのか、凌の言葉に珀明は鋭い眼差しで凌を睨んだ。
(――怖っ!)
「は、はい! 申し訳ございません!」
失敗はするまいと決意して、早くも珀明に睨まれてしまった凌。
慌てて手に持っていたレイヴンのスケジュール帳で確認する。
今日は会議に雑誌の取材、支社の視察など六つの予定が入っている。
手帳にはレイヴンの綺麗な文字で分刻みに細かく社長のスケジュールと、秘書の仕事が書かれている。
読み上げながら、凌はその秘書の仕事のいくつかに斜線が引いてあることに気付く。
それはどれも凌にはまだ荷が重い仕事内容だ。
今日秘書を外されるに当たって、事前にスケジュールを変更したのだろう。
庇われているのか、信用されていないのか。
読み上げながら、凌は複雑な気持ちになった。
***
―――昼休み
凌は自分のデスクで昼食を摂っていた。
「はぁ〜」
食事は進まず、口を開けば、溜め息しか出てこない。
今は誰も秘書室に居ない為、やけに大きく聞こえる。
(やっと午前が終わった……)
午前中は散々だった。
会議では社員が社長を怒らせ、雑誌の取材では打ち合わせにはない質問をされたり。
(何で今日に限って……)
レイヴンなら上手く対処できるだろうが、生憎自分にはそんな秀でた能力はない。
何故今日に限ってトラブルが多いのか。自分は何かに呪われているのだろうかと本気で疑ってしまう。
「うう〜。こんな調子で午後も社長と一緒だなんて……」
憂鬱な気分で食事を食べ終わると、昼食に出ていた社員達が続々と戻ってくる。
(あれ……、皆早くない? 急ぎの仕事かな?)
不思議に思って腕時計を見ると、昼休み終了十分前だった。
(嘘っ! 昼休み悩むだけで過ごしちゃった。昼休みも憂鬱な気分で過ごすなんて……。あ〜もう、お昼くらい楽しく過ごそうよ自分)
「何かもう……、泣きたい」
今日は厄日だ。
「真昼間から百面相ですか?」
そんな声と共に、コトンッとデスクに見慣れたロゴの紙コップが置かれた。
“キャラメルマキアート”
「室長……」
「悩みには糖分ですよ」
(いや、もとはと言えば室長のせいですよ。ん? この場合は差し上げた奥様が悪いのかしら……?)
「それにしても、あの人にも困ったものですねぇ」
「困った」と言いながら、その顔はどこか楽しげだ。
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