『想い描いていた女性』(5)
(「社長の上手な諌め方」続編)




「……申し訳ありません」

「いや、私が口にすべきことでは無かった」


 先に謝罪を口にしたのはレイヴンだ。互いに謝罪し合う姿に、瑪瑙は今度は優しく微笑んだ。


「凌もすみませんでした。女性には一生に一度の大きなイベントなんですから、きちんと順序は踏まなくてはいけなかったですね」

「い、いえっ。気にしてません。ただ、話がどんどん進んで行くのに驚いてしまって……」


 やり取りを見守っていた凌は、レイヴンの言葉に慌てて首を横に振った。


「プロポーズは……、すみませんがもう少しだけ待って下さい。あと少し、私に時間を下さい」


 困った様に少し寄った眉。それは普段の自信に溢れたレイヴンの姿とは大きくかけ離れたもの。


『きっと、自分に自信のある方の方が少ないと思うんです』


 凌は珀明達が来る前に瑪瑙が言っていた言葉を思い出していた。


(いつでも自信に溢れた室長でも、自信が持てない時があるんですね。私が室長からのプロポーズを断る理由なんて無いのに……)


 凌はレイヴンの右手を取り、両手を優しく重ねた。
 驚いた様に一瞬だけビクリと震えたレイヴンの手―――


「はい……、待っています」



 “いつまでも―――”


 そんな想いを込めて、凌は返事を返した。



「……先が思いやられるな」


 呟かれた言葉に、瑪瑙は隣に立つ珀明を見上げた。
 呆れた様な口調だが、その瞳には何処か寂しさが含まれている様な気がした。


「そうでしょうか? 『私たちが心配しなくとも、お二人は年内に御結婚なさいます。』その時は、私たちも心から祝福しなければなりませんね」

「瑪瑙っ――!」


 言葉の中に言霊が含まれていた事に気付いた珀明は声を荒げたが、瑪瑙は唇に人差し指を当て悪戯っぽく微笑んだ。


「秘密です、ね?」


 本当は、言霊を使わずともいずれレイヴンと凌が結婚することは分かっていた。
 それでも、背中を押さずにはいられなかった。
 瑪瑙の気持ちが伝わったのか、それとも単に気が削がれたのか、珀明はフッと笑った。


「期限を決めた方があいつらには良いのかもしれんな……」


(如月はあいつの安らぎになるだろう……)


 自分と同じ様に、決められた道を歩まなければならない親友―――

 今の仕事に遣り甲斐を感じているのに、いずれ葉月の後を継がなければならない。
 それを止めるだけの力を主である珀明は持っている。
 だが、珀明には屋敷と瑪瑙を――、やがて生まれてくるであろう新しい命を安心して預けられる人物は、レイヴンしか考えつかない。

 結婚祝いに家を贈るのも、言わばレイヴンを逃げられないようにする為の檻―――


(……あいつは私を許すだろうか)


 自分なら絶対に許さないだろう。誰かに縛られるな人生などごめんだ。


「――――!!」


 ギュッと手を握られ、珀明はハッと瑪瑙を見た。
 口には出していないのに、瑪瑙は珀明の不安を分かっているかのように優しく微笑んだ。


(お前は何もかもお見通しなんだな……)


 瑪瑙の顔を見ていたら、不安な気持ちが小さくなっていくから不思議だ。


(あいつが生涯私に仕えるように、私も生涯償おう……)


 今度は珀明も握った手に力を込める。


「昼食に行きましょう? もうすぐ予約した時間ですよね?」

「あぁ、そうだな」


 腕時計を確認すれば、そろそろ会社を出なければならない時間だ。


「レイヴンも如月さんも一緒に行きましょう」

「いいですね。ご相伴させて頂きます」

「え? でも私は……」


 レイヴンはともかく、自分も一緒でいいのかと戸惑う凌の肩をレイヴンが軽く叩いた。


「構わん」

「ほら、社長もそう言ってますし。元々凌も含めた四人で予約してあるんですよ。だから遠慮は要りません」


(遠慮は要りませんて室長、それ社長の言うべきセリフですよね……)


 店を予約したのはレイヴンだが、店で財布を出すのは珀明だ。


(室長らしいですけど……)


「はい。ご一緒させて下さい」


 四人揃って秘書室を退出する。エレベーターを待っていると、レイヴンが凌に耳打ちした。


「どうでした? 奥様にお会いした感想は」


 楽しそうな口調で問われ、凌はほんの十数分前の自分の失態を思い出して顔を赤くした。
 実際に会った瑪瑙は想像よりも遥かに若く、十七歳とは思えない程落ち着いていた。


「そうですね……、『社長には勿体無い程心の広い方』でしょうか」


 凌が一ヵ月程前にレイヴンに瑪瑙のことを聞いた時に返って来た答えだ。
 その言葉が予想外だったのか、レイヴンは一瞬驚いた後クスリと笑った。


「言うようになりましたね」

「ふふ、勿論です」

「これからが楽しみですね」

「はい……」


 ずっと一緒に居られればいいと思う。

 エレベーターが来るまで、凌とレイヴンは自然に手を重ね合わせた。


 “ずっと、いつまでも、貴方の隣に……”


 繋がった部分からジワジワとレイヴンの体温が伝わって来るのを感じた―――



*END*



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