『想い描いていた女性』(4)
(「社長の上手な諌め方」続編)




「レイヴン、コレは大丈夫なのか?」


 自分をコレ扱いされていることにも気づかない凌。


「ちょっと思考に暴走癖があるだけで、実害はありませんよ」


 フムッと顎に指をあて酷いことを口にするレイヴン。


「お二人共、失礼なこと言わないで下さい! 珀明さんが紛らわしい言い方をなさるから如月さんが混乱するんです!」


 「珀明さん達は黙っていて下さい!」と瑪瑙は一喝し、凌に向き直った。


「倉橋も妻は一人だけです。中には愛人の居る方も居るかもしれませんが……。私達一族には稀に言霊を操る力を持つ者が生まれ、その者は言葉を奏でることから“奏”と呼ばれるんです。本家の方々は私を“奏”と呼びますが、本来の名前は“瑪瑙”と言うんです」


(言霊……?)


 非現実的過ぎて俄には信じがたい話だ。
 しかし、瑪瑙が凌に嘘を吐く必要は無く、その表情から嘘では無いことが分かる。


「本家でも限られた者しか知らない一族最大の秘密だ。分家では“奏”は伝説上の人物とされている。間違っても倉橋姓の者には言うなよ。あと、大いに誤解があるようだが、瑪瑙は十七だ。犯罪ではない」


 瑪瑙の言葉を補足するように珀明は告げた。


(でも、何故一族の重要な秘密を一社員でしか無い私に? “奏”があだ名の様なものだと言えば済むことなのに……)


「どうして私にそんなことを教えて下さるのですか?」


(私がバラせばきっと大変なことになる……)


 瑪瑙と珀明は凌の言葉に目を合わせ、フッと笑った。


「愚問だな。お前はそんな愚かなことはしない。そもそもそんなことをする様な奴を第ニ秘書にする筈が無いからな」

「如月さんには、そう遠くない内にお話することになっていたのだと思います。それが少しだけ早まっただけです。そうですよね? レイヴン」


 瑪瑙の言葉にレイヴンは肩を竦めた。


「奏様には敵いませんね。今年中に式を挙げたいとは思っているんですけどね。親父と新居について揉めてる最中です」

「今お前が住んでいる分譲マンションか屋敷の使用人棟か、か。葉月としては将来を考えて屋敷を推しているんだろ」

「ええ。いずれはと覚悟はしてるんですけどね。それまでは屋敷に戻るつもりはありません」

「使用人棟は独身寮のような物だからな。結婚すれば屋敷を出て通いになる。屋敷が嫌なら、結婚祝いに敷地内に家を建ててやろうか? 屋敷の者に気を遣う必要も無いし、出勤も楽だろう。私としてもその方が将来的に何かと都合がいい」

「そうですね。もし子どもが産まれても近くで執事の仕事ぶりを見せて育てた方が良いですからね。ではお願いします。間取りや家具は私と凌が決めますから」

「あぁ、請求書だけ私に回せ」


(年内に結婚? 結婚祝いに新居に家具家電?)


 凌が口を挟む隙も無く、話しはどんどん進んで行く。


(結婚も家のことも、私は何一つ聞かされてないんですけど……。って言うか、普通結婚祝いに家具家電付きの家贈らないですよね!? それに……)


「ちょっと待って下さい! 私まだプロポーズして貰ってません! プロポーズも無しに新居や結婚式の話をされても困ります!」


 結婚は女性にとって人生の一大イベントだ。結婚式へ至るまでのプロセスも重要だろう。
 凌の言葉に珀明と奏は驚いた顔でレイヴンを見た。二人の非難めいた視線を受け、レイヴンはバツが悪そうに視線を逸らす。


「……お前まだしていなかったのか? 呆れた奴だな。お前でも怖じ気づくことがあるとは」

「いやいや、プロポーズも無しに奏様と結婚式を挙げた珀明に言われたくないよ」

「貴様っ……」


 痛い所を突かれ、レイヴンは顔をしかめた。反論する口調も荒く、もはや敬語ですら無い。
 何事もそつなくこなすレイヴンもプロポーズともなれば話は別だ。
 今付き合っている相手と必ずしも結婚するとは限らない。自分は結婚するつもりでも、相手にその気が無い事など大人の世界ではざらだ。

 つまりプロポーズをすることを怖れる程、凌に本気だと言うこと。


(室長も普通に喋れるんですね……)


 レイヴンと珀明のやり取りを見て、暢気にそんなことを考えている凌。
 会社の後輩にですら敬語を崩さないレイヴンが砕けた言葉使いをしている。
 しかも他企業からも“死神”と恐れられる珀明に対してだ。
 珀明自身はそれに気付いて居るのか居ないのか、忌々しそうにレイヴンを睨んでいる。


「お二人共、そんな話はお家でなさって下さい! 珀明さん、レイヴンにも自分のペースがあります。だから珀明さんが急かす必要は無いんです。それに、レイヴンの言ったことは事実ですし、今の私は幸せですから気にしていません」


 険悪なムードを醸し出している男二人に一喝したのは、又もや瑪瑙だ。
 瑪瑙は珀明達をじっと見つめ、強い口調で言った。
 自分達よりも一回りも年下の少女の言っていることは正論で、珀明とレイヴンは押し黙った。



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