『おまけ』
抱き合ってから数分後、凌とレイヴンは応接室を兼ねた秘書室の一角で一緒に珈琲を飲んでいた。
凌は勇気を出して、レイヴンにあの薔薇のチョコを誰から貰ったのかを聞いた。
「ああ……、あのチョコですか? あれは社長の奥様から頂いたものなんですよ」
「社長の奥様に……?」
毎朝レイヴンは社長と一緒に出勤している。
バレンタインである今朝、迎えに来た車の中で社長から奥様から預かったチョコを渡されたのだと言う。
社長の奥様と聞いて、凌は安心した。
(でも、どうして秘書である室長に手作りチョコを? 奥様って、室長のことが好きなんじゃ……)
「でも珍しいですね。わざわざ手作りだなんて……」
さりげなくモーションをかけられていないか、探るように問う。
「奥様はご結婚するまで一度も、誰かにバレンタインにチョコを渡したことが無かったんです。ですから、社長へのチョコを作るついでに、男女問わず俺や使用人全員にチョコを下さるんですよ」
(バレンタインをしたことのない、奥様……)
レイヴンから社長の奥様の話を聞く度に、どんな方だろうと不思議に思う。
(“死神”と恐れられるあの社長の奥様……、どんな方なのかしら? 室長と社長は二十九歳だし、奥様は私と同い年くらいの筈。一度お会いしたいな……)
「あ、そうそう。言い忘れてましたが、今日は俺の代わりに社長について下さいね」
思い出したようなレイヴンの言葉に、凌は驚く。
「なっ……、どうしてですか!」
「どうしてって、社長命令だから。俺が奥様からチョコを貰ったのが余程気に入らなかったみたいでしてね。ずっと不機嫌だったんですよ。嫌ですねぇ、大人げない」
(室長がチョコを貰ったのが気に入らないって……。不機嫌って……)
「嫌ですよ! ただでさえ社長怖いのに、不機嫌だなんて! 私には無理です!」
社長の瞳を思い出し、凌はゾッとした。
(怖いっ!)
しかし、どんなに凌が嫌だと言っても社長命令とあっては断れない。
「頑張って下さいね」
明るく言われ、凌はその日いろんな意味で気が休まることは無かった。
*END*
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