『見えない壁』【後編】



 ――昔、ある国で魔物と人間達は仲良く暮らしていました。
 魔物と言っても、魔力を持っていることを除けば、人間の姿と変わりありません。
 しかし、いつしか人間達は自分達の持たぬその力を妬み、魔物達を森へと追いやってしまったのです。
 そうして、心優しい魔物達は、森で暮らすようになりました。

「可哀相……」

(姿、形は同じなのに……)

「ほんまに花白ちゃんはええ子やなぁ」


 魔物はとても優しく、憎しみの心を持っていませんでした。
 しかし、その中で唯一人だけ、憎しみの心のみを持つ魔物の姫が生まれました。
 双子の兄が傍に居る時は心を保ち暮らすことが出来ましたが、兄が何者かに拐われてからは誰にも手がつけられなくなったのです。
 魔物達の長は姫を城の搭に幽閉し、扉に魔封じを施して力を封じました。
 これで、姫が隣街を襲う心配がなくなったと魔物達は安心しました。
 しかしその数年後……、人の街で「魔物たちの城に美しい姫が幽閉されている」という噂が流れ始めたのです。

「それって……」

「そう、魔物姫。『姫を魔物達から救おうと、腕に自信のある多くの若者や勇者達が森に入って行きました。しかし、誰一人として帰って来る者は居ませんでした。』」


 街の人々は更に森を恐れ、森へ行く者も少なくなりした。
 それでも魔物達を恐れるあまり、人々は話し合いの末魔物達の住む森を焼き払うことを決めました。
 決行の日の朝、街に一人の旅人がやって来ました。彼は噂を聞きつけ、森へと急ぎました。
 そして、訪れた城の中から現れた姫を見て旅人は言葉を失いました。
 姫が手に掴んでいるのは血だらけの人間だったからです―――


「そんな……」

(それをその姫一人がやったと言うの?)

「まぁ、今はまだここまでしか考えてないんやけど」

「そうなんですか? じゃぁ、続き楽しみにしてますね」

「楽しみに、か」

 いつになるかな……と、遠くを見るように刹那さんが囁く。
 さっきまでの笑顔が、嘘のように。

「なぁ花白ちゃん。俺はほんまはストリートやなくて、小説家やったって言うたら…驚く?」

「―――えぇっ? 刹那さんが!?」

(何だか、似合わない……。派手だし。ホストって言われた方がまだしっくりくるよ)

「期待を裏切らん反応やけど、なんや複雑やわ。人は見掛けとちゃうで。まぁ今は休業中やけどな。全然話が浮かばんから」

「えっ! でも……、さっきの物語は……」

「刹那先生!」

 突然、公園の入口の方から大きな声が聞こえた。

(刹那……、先生?)

 誰だろうと入り口の方を見る。
 そこにはスーツを着た女性と、その後に立つ人物――

「パ、パ……」

「やっと見つけました。先生」

 女性は刹那さんに駆け寄り、刹那さんの両腕をギュッと握り締めた。

「……霧島さん」

(霧島って、前に綾瀬さんが言ってた……)

「どうしてですか!? 何で相談して下さらなかったんですかっ! 私では、先生を支えることは出来ませんか?」

 両腕を掴み、泣きながら霧島さんは刹那さんを見上げる。

(この人、本当に刹那さんのことを心配してる……)

「……ごめん」

 霧島さんの肩に手を置き、刹那さんが力無く謝る。

「花白ちゃん……」

 名前を呼ばれ振り向くと、パパの姿があった。

「あ、あの……」

(言わなきゃいけない。何故、ここに私が居るのか。でも、絶対嫌われる……)

「刹那と一緒だったんだね」

(パパの言ってた友達は、刹那さんのことだったんだ……

 答えを見つけるキーは沢山あったのに、今まで気付かなかった。
 ううん。きっと余裕が無かったからだ。
 穴が開いたような寂しさから、逃げたかったから。

「英。花白ちゃんは」

 私とパパのことを知っていたのか、刹那さんはパパから私を庇おうとしてくれた。

「分かってる」

 その後短いやり取りをして、刹那さん達は家に帰ることになった。
 公園の入口で霧島さんと刹那さんを見送る。

 どうしてだろう。刹那さんの、話しが浮かばないと言ってた時の顔が頭から離れない。
 気付けば私は、刹那さんの背中に大声で叫んでいた。

「私、知りたいです! 魔物姫がどうなったのか、だから、だからっ……!」

 自分が何を言っているのか分からなかった。
 それでもただ、伝えたかった。刹那さんの物語が好きだと。
 涙が溢れて、止まらない。

 振り返った刹那さんは、何も言わなかった。
 ただ、刹那さんも今にも泣き出してしまいそうな笑顔で笑っていた。



*END*



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