『夜の公園、刹那』



 コンビニでホットココアと珈琲の缶を買って店を出た。
 そのまま家には帰らず、コンビニ近くの公園へ立ち寄る。
 パパとママとの思い出の公園へ。

「うわぁっ……!」

 公園に足を向けると、昼間と異なる雰囲気に思わず声が上がる。
 昼間青々と茂っている木々は闇を纏い、静かな公園には虫の鳴き声だけが響いていた。
 ベンチを探して、公園の中央にある噴水へと向かう。

『〜〜〜♪』

(――歌?)

 風に乗って、どこからか歌が聞こえて来る。
 目を凝らすと、噴水の前のベンチに誰かが座っている姿が見えた。

(誰だろう……? 低くて、綺麗な声。優しくて、それでいて……少しだけ哀しい歌)

 歌声に暫く耳を傾けていると、ふと歌声が途切れた。

「そこにおるん、誰や」

(あっ……! もしかして私、邪魔しちゃった!?)

「あの、ごめんなさいっ!」

 慌てて人影に向かって謝る。
 噴水に月明かりがあたり、人影の輪郭が鮮明になる。
 その姿は、一言で言えば美形の青年。
 眼鏡をかけ、ワイシャツとパンツというラフな格好。
 指にはファッションリング、手首にはバングルをつけ、手にはシャーペンと紙の束を持っている。恐らく歌詞が書かれているのだろう。

「どないしたん? 自分、えらい深刻な顔しとるけど」

 関西弁を操る青年は、花白を見てにっこりと微笑んだ。

「俺の名前は刹那(せつな)って言うんや。別に怪しいもんとちゃうで? 見ての通り、ただのしがないストリートや」

(何だろう……、この無駄に明るい人は)


***


 気付けば、いつの間にかベンチに二人並んで座らさせれていた。 しかも、成り行きでさっき買ったココアと珈琲を一緒に飲むことに。
 完璧に相手の流れ。関西の人って不思議だ。自分も関西人だと言う事実は、この際忘れておこう。

「自分、名前は?」

「水瀬……、花白」

「はなしろ? なんや、可愛らしい名前やな。もしかせんでも、漢字じゃ花が白いって書くん?」

 ママの付けてくれた花白と言う名前は珍しくて、幼い頃は良く変な名前だとからかわれたものだ。

(また、見ず知らずの人にからかわれるんだ……)

「ええ名前やな。ご両親って、白い花が好きやったんか? 百合とか、カモミールとか」

(……え?)

 思いもしなかった切り返しに驚く。
 大抵は珍しい名前だと言う反応が多かったから。

「ママの名前、百合って言うの」

 その花の名に相応しく、凛として真っ直ぐな人だった。

「そうなんや? 百合って、なんや気高いってイメージがあるわ」

「んー。ママは気高いっていうか、ちょっと傲慢っぽい感じかな?」

 気高いだけじゃなくて、回りに居る人を惹き付ける力があるんだよね。

「ほな、山百合がぴったりやな。ジャパニーズ・リリーとも言うわ。他の百合よりも存在感があってキリッとしとるし、香も高い。花言葉は“荘厳(そんげん)”って言うんや」

「山百合……」

 周りを魅了してやまない花。
 まるで、本当にママみたい。

(だから、パパもママに惹かれたのかな……)

「どないしたん? 花白ちゃん」

 急に黙り込んでしまった私を心配して、刹那さんが俯いている顔を覗き込んでくる。

(駄目だな、私。初めて会う人の前で……)

「何でもないです。私、もう家に帰りますね」

 心配をかけたくなくて、私は俯いていた顔を上げて微笑む。
 刹那さんは一瞬、唇を動かしかけたけど結局何も言わなかった。
 ただ一言だけ、「この時間にいつもここに居るから、いつでもおいで」と別れ際に言葉をくれた。
 それだけでまた、涙が零れそうになる。刹那さんは、“私”を見てくれるから。

 この日を境に、私は夜に家を抜け出して刹那さんと公園で会うようになった。
 パパに構って貰えない寂しさを、埋めるかのように――



*END*



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