『パパと小説』
深夜二時。堤、水瀬家では煌々と部屋の明かりが灯っていた。
「パパ。珈琲置いておくね」
書斎のパソコンに向かっているパパに、珈琲を差し出す。
「有難う。花白ちゃん」
パパは嬉しそうに受け取るけれど、その顔には少し疲労の色が伺えた。
「まだ寝ないの?」
「うん。キリの良い所まで書きたいから。花白ちゃんは、もう寝なさい」
疲れていても、書くことをパパは辞めない。
小説を書いているパパは、まるで遊んでいる子どものように楽しそう。だから、私は何も言えなくなる。
最近のパパは日毎に、心が仕事に囚われて行っているような気がする。
綾瀬さんが新しい企画を持って来たことが、全ての始まり。
綾瀬さんが偶然、パパの書斎の本棚の中から大学時代に半年だけ所属していた文芸部の小説誌を発見した。
内容は、ミステリー小説を専門にしているパパからは想像も出来ない恋愛小説。それをパパに内緒で会社に持ち帰り、企画書を書いて提出したのが発端。
そして、堤 英の新たな一面として恋愛小説を出版する運びとなった。
パパはミステリー小説が専門だからと最初は断ってたんだけど、綾瀬さんのミラクルパワーで一度きりと言う約束で引き受けることにしたみたい。
仕事の邪魔はしたくない。だけど、それでも寂しい気持ちは押さえられなくて……
(だから、お願い……)
「ねぇ、パパ。眠る前にキスして?」
もう十日以上、キスすらしていないから……
パソコンに向かうパパに、「お願い」と瞳で訴える。
拒絶されないか不安で、涙が出そうになる。
そんな私を見て、パパは困ったように眉を寄せて椅子から立ち上がった。
「パパ?」
突然立ち上がったパパの行動が理解出来ず、驚いてしまう。
「――あっ!」
立ち上がったパパに背中と膝裏に腕を回され、抱き上げられる。
「イヤ、駄目! パパ、重いから下ろして!」
恥ずかしさからパパに降ろしてくれるように懇願するけれど、パパは困った顔をしたままで降ろしてくれない。
「大丈夫だから。それより、ごめんね。花白ちゃん」
(――え?)
「パパ?」
(どうして、パパが謝るの?)
「花白ちゃんに『キスして?』なんて言わせちゃったからね」
「パパ……」
「キスなら、いくらでもしてあげるよ」
いつもの大好きな笑顔で、パパが笑いかけながら顔を近づけてくる。
そして、唇が重なる
「ふっ、あん……」
初めは啄むような軽めのキス。互いを求め合うような深いキスになるのに、時間は掛からなかった。
「あっ…、ん……」
甘さを含んだ自分の声には未だに慣れなくて、耳に届く声に恥ずかしくなる。
だけど、今日のパパのキスはどこかいつもと違う気がした。
それでも身体はキスをしただけで熱を孕み、より激しい快楽を求めてしまう。
(気のせい、だよね? 久しぶりのキスだから……)
クチュリ…と濡れた音を立てて、銀色の糸を引いて唇が離れる。
キスに酔いしれた私の顔を見て、パパは嬉しそうに笑った。
「これだけじゃ、足りない? もっと?」
(キスだけじゃ足りないって、分かってる癖に……)
パパの首に腕を回し、私はパパの耳元で小さな声で懇願した。
「……抱いて」
*END*
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