『プレゼント』(6)



「あっ、あの……! ちっ違うの。長堀君のことはお友達としては好きなの! 蓮ちゃんと同じくらい大好きなの!」

 千早のことは友達として大好きだ。異性の友達としては一番な大切な存在でもある。
 思春期に入ってからは同級生の男子とも必要最低限のことしか話さなくなってしまっていた為、千早が花白にとって唯一の男友達と言って良い。

「あーあー、そんな一生懸命言ってくれなくても、ちゃんと分かってるって。俺も水瀬のこと好きだぜ」

「ふえっ……!」

 千早の言葉にピクンッと身体が跳ねる。いや、跳ねたのは心臓の方だったのかもしれない。
 こう言う時、何と言う反応を返せばいいのだろう。

(いや、だって私にはパパが居るし、長堀君も私に恋人が居ること知ってるし……。この場合、ごめんなさいって言った方が良いのかな? それとも、有難う?)

「ははは。んな顔するなよ。安心しろ。俺も友達としてだから」

 「お前今、本気にしただろ?」と笑われ、彼がわざと誤解するような言い方をしたのだと気が付いた。

「もー、長堀君ってば。知ってるよ。長堀君が好きなのは蓮ちゃんだもんねー?」

「だから、違うっつってんだろ! つーか、さっさと決めねーと、マジで時間ヤベーぞ」

 無理矢理話しを切られたと言うか誤魔化された気がしたが、千早の言う通り時間が勿体ない為改めて英に似合うブックマークを選ぶことにする。
 並べられたブックマークを一つひとつじっくりと眺め、英に似合う物を探していく。

「あっ! これ……」

 見つけたのは、先程と同じく革ひものブックマークだ。こちらは茶色い革ひもで、挟む部分のプレートが猫の形をしている。反対側には蝶々の小さなチャームが付けられており、蝶々を捕まえようとする猫をイメージした物のようだ。

(パパが今書いている話、確か主人公の探偵の相棒が黒猫なんだよね)

 飼い猫でもあり、仕事の相棒でもある黒猫・ジオラルドと意志疎通が図れる不思議な能力を持つ主人公の探偵・ロイが、次々と事件を解決して行く推理小説。
 ロイがジオラルドの飼い主なのに、ジオラルドには部下…否、下僕扱いされている。
 気が弱く、ことなかれ主義なロイの為にボスとして、ジオラルドは事件解決の為に他の猫達から情報を聞き出し、ロイドの仕事を手伝っている。

「おっ! 良いの見つかったか?」

 ひょいっと千早が花白の手元を覗き込んだ。

「うん。これにしようかなって……」

「ふーん。猫のブックマークか。良いんじゃね? 性別に関係無く持てるデザインだし」

「そう? 男の人が持っていても変じゃない?」

「大丈夫だって。動物系は男女関係無いだろ。ウサギが好きな男も居れば、ライオンが好きな女も居るって」

(性別に関係無く持てるデザイン、か……。うん、やっぱりこれにしよう)

 千早のその言葉で、心が決まった。

「そっか。うん。これにする。それじゃ、買って来るね。えーっと、レジは……あれ?」

 キョロキョロと店内を見渡すと、右奥にレジがあった。だが、レジには誰も居ない。
 レジの後ろにはバックヤードに繋がる扉があるが、その向こうにも人の居る気配を感じない。

(店のドアノブにもCLOSEってプレートがあったし、単に鍵を閉め忘れていただけで、やっぱり誰も居ないんじゃないの?)

 もしそうなら、自分達は不法侵入になるのではないだろうか。立派な犯罪だ。
 一瞬にして背筋が凍った。

「まっ、マズイよ長堀君! やっぱり今日は定休日なんじゃない!? だったら私達、不法侵入してるんだよ! 警察が来たら言い訳出来ないし、お家や学園にも連絡されて大変なことになっちゃうよ! 最悪の場合は退学だよ! 退学!」

 そうなったらもう、英の誕生日どころの話ではない。

「あー、うん。取り敢えず、お前は一度落ち着け。一回深呼吸してみろ。あのな? よーく考えてみろよ。鍵の閉め忘れなら有り得るかもしんねーけど、店内に電気がついてて音楽が流れてるなんて変だとは思わねぇ? そんなの流石に有り得ねーだろ。どんなうっかりした奴だよ。な?」

 千早がゆっくりと花白に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「それにだな、通りにも防犯カメラがいっぱい設置されてんだから、不審者が居れば通りにある派出所から警察官が飛んでくんだよ。ここに入ったのが問題だったら、もうとっくに来てんだよ。だから問題無し。分かったか?」

 確かに。聖末通りのセキュリティは万全だ。

「じゃぁ、どうしてお店に誰も居ないの? あの扉の向こうにも、人の気配が感じられないんだけど……」

「まー、確かにアイツは気配無いからな。ちょっと待ってろ、今呼んでやるから」

 そう言うと、千早はバックヤードに繋がる扉に向かって手を叩きながら、大声で店主を呼んだ。

「おーい楓(かえで)ー! 楓はどこにいるー?」

「ちょっ! な、長堀君、何なのその殿様みたいな呼び方は・・・…」

(何で普通に呼ばないの!?)

「店主の名前、東雲 楓(しののめ かえで)って言うんだよ。何か平安っぽい響きだろ? だからだよ」

 普通に呼んでも面白くないだろうと言われ、花白は言葉に詰まった。
 面白い、面白くないの話には賛同しかねるが、千早の言う通り古風な響きの名前だとは思う。その名前からは男性なのか女性なのか判断することは出来ないけれど。

「東雲、楓……。何だか、どこかで聞いたことがあるような……」

(どこでだろう? 最近耳にした気もするし、もっと前かもしれない……)

 思い出せそうで思い出せない。咽喉に小骨が刺さった時のようなもどかしさを感じる。



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