『プレゼント』(7)
「そりゃ、あるだろ。まぁ、ほとんどのクラスメイトが覚えて無いだろーけどな」
(クラス、メイト? 長堀君のクラスのこと? それとも、私の?)
クラスメイトと言うのだから、二年生のSP組のことだろう。
二年生のSP組は二クラスあり、人数は合わせて七十人程。
千早とは違い、外部入学生である花白はまだSP組全員の顔と名前を把握していない。それでも必死に東雲楓の顔を思い出そうとするが、全く思い出せない。
「確かに聞いたことがある名前なんだけど……、顔が出て来ないの。長堀君のクラスなの?」
「いや、高等部に入ってからはずっと水瀬や霜月と同じクラスだせ」
「去年も私と蓮ちゃんと同じクラスだったの!?」
一年生の頃に同じクラスだった生徒の顔を一人ひとり頭の中で思い出して行くが、東雲楓と言う人物についての記憶は全くない。
「東雲なんて名前の人、居たかな……」
「アイツは基本的に出席日数ギリギリしか来ないし、テスト期間中は全員登校が義務づけられてるけど途中退出が許されてるから気がついたらいつも居ないしな」
「でも、そんなに学校に来ていないなら逆に目立っちゃうんじゃない?」
滅多に学校に来ないのなら、見慣れない人物故に登校時には注目されそうなものなのに。
花白のクラスにも仕事を理由に何日も欠席している生徒がいるが、彼等が登校して来た時には「やっと来たか」とクラスメイト達から注目を浴びていた。
「まぁな。だから言ってんじゃねーか。楓は存在感ないって」
お前だけじゃないから気にするなと、しれっとした顔で千早が言う。
「存在感がないって……。いくら存在感が無い人だからって、全く覚えていないだなんてこと有り得るの? だって私、一年半も同じクラスだったんだよ。なのに……」
いくら存在感が無いからと言って、そんなことが有り得るのだろうか。
そんなことが本当に……、と花白は黙り込んだ。
「本当だって。だって現にお前、まだ気が付いてないんだろう? こいつがバックヤードから出て来たことに」
言いながら、千早が花白の隣を頷でしゃくる。
見ろ、と言いたいらしい。
「―――え? 私の隣?」
(私の隣って、壁があるだけだよ?)
ブックマークのコーナーは壁際にあり、そこに千早と一緒に横に並んで立っているのだ。
千早の言葉に従い、花白は千早の居ない左側に顔を向けた。
―――途端、恐怖で花白の顔から一切の表情が消えた。
(―――ヒィッ!!)
てっきり壁があると思っていた隣には、ひょろりとした細身の男が立っていたのだ。
鼻まである長い前髪で目は見えず。口にはマスク。着ている服は汚れたカーキ色のツナギ。
これで手にチェーンソーを持っていれば、彼の有名なジェイソンではないか。
「いやぁぁぁぁ!!」
「―――うおっ!?」
耳をつんざくような悲鳴が店内に響き渡った。
そして悲鳴を上げたまま、花白は飛び掛かる勢いで反対側に立つ千早に抱きついた。
「ちょっ、おい水瀬! 苦しいから力を緩めろ! この細腕のどこにこんな力があるんだ」
花白の手は千早の背中に回されており、胸に顔が押し付けられている。
女の力とは思えない強さで胸と背中を圧迫され、千早は息苦しさにうめいた。
「やだやだ! 何なのアレ! 人!? お化け!? ジェイソンじゃないジェイソン! チェーンソー持ってたらジェイソンだよ!」
「泣くなって。落ち着けよほら、ちょっと小汚いけど人間じゃん。それにな、ジェイソンの武器がチェーンソーってのは誤解なんだよ。パロディー作品ではチェーンソー持ってるけど、『十三日の金曜日』ではジェイソンがチェーンソーを持ってるシーンは一つもねーんだよ」
恐怖で目に涙を浮かべる花白を落ち着かせるように、千早が優しい手付きで背中を撫でてくれる。
(……パパみたい)
背中を撫でてくれる大きな手は英を思い出させ、次第に落ち着きを取り戻させてくれる。
手の甲で涙を拭い、千早から身体を離した。
「ご、ごめんね。長堀君」
「いや、いい。今のは俺と楓が悪いから。まさかあんなに驚くとは思わなかったんだよ。つーか、楓もその髪を結ぶなりなんなりしろよ。あと、マスクも取れ」
「……作業中だったのを呼んだのは千早だろう。また勝手に店にやって来て」
不機嫌そうにジェイソン…楓は言い、前髪を真ん中で分けてサイドへ流し、ポケットの中から取り出した黒と灰色のボーダー柄のニット帽を頭に被ってマスクを外した。
前髪を分けたことで今まで隠れていた瞳が露になり、こげ茶色の瞳が現れる。
そのボーダー柄のニット帽に、花白は見覚えがあった。
「あ……! 貴方、無芸君!? 無芸君が東雲君!?」
SP組に在籍しながらも、一度も学内新聞に取り上げられたことのない唯一の生徒。何に秀でて在籍しているのかも不明。故に彼は、生徒達から“芸の無い者”=無芸と呼ばれている。
トレードマークはボーダー柄のニット帽。フラリと学園にやって来たかと思うと、いつの間にか居なくなっている。花白も姿を見たのは数回だけだ。
その帽子が印象的だからか、彼の名前や顔を覚えている生徒は少ない。
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