『プレゼント』(4)



「大丈夫だって。水瀬も口を聞いたことは無いだろうけど、知ってる奴だから」

 「変な店じゃねーから安心しろ」と、不安がる花白を安心させるように軽く肩を叩いた。

(何の店かも分からないのに、全然大丈夫じゃないよ……)

 自分も知っている人ならば、学園の生徒なのだろう。
 この聖末通りは学園の在校生しか店主になることは出来ないのだから。

「私も知ってる人って、誰だろ……」

「ま、それは入ってからのお楽しみってな。んじゃ、行くぞ」

「う、うん……」

 千早がドアノブを引くのを固唾を飲んで見守る。
 そんな花白を横目で見た千早が小さく笑った。

 扉が開き、千早が先に店内に入る。花白もその背中に続くように、店内へと足を踏み出した。

「―――わぁ〜!」

 店内に入った途端、花白は思わず声を上げた。
 まず最初に目に入ったのは、市松模様の床。そして、店内を明るく照らすシャンデリア。
 長方形の黒いアンティークテーブルが中央に置かれ、その上には指輪やネックレス、ブレスレット等が綺麗に並んでいる。

「ここって、アクセサリー屋さん?」

「アクセサリーだけじゃなく、ブックマークとか置物なんかもあるから正確には銀細工の店だな」

 聖末通りにこんな銀細工の店があるとは驚きだ。

(聖末通りガイドマップにこんなお店載ってなかったのにな……。新店舗なのかな……)

 毎年、聖末通りのガイドマップが発行される。ガイドマップには新入生が開店した店舗や卒業する生徒の移転先等が載っている。
 毎年花白もチェックしているが、この店が載っているのを見たことがない。

「ブックマークって、栞のことだよね?」

「あぁ……。そうだけど」

(パパの誕生日プレゼント、栞でも良いかも)

 英は仕事柄、作品を書く資料として本を読むことがく、仕事部屋の本棚にはギッシリと本が詰まっている。
 図書館にも足を運び、時には大学図書館や国立国会図書館にも足をのばす。

 英は栞には拘りがないのか、書店で本を購入すると付けられる紙の栞を使っている。
 一つくらい、きちんとした栞を持っていても良いのではないだろうか。

「パパのお誕生日プレゼント、栞にしようかな……。いつも本屋さんで貰う紙の栞使ってるし……」

「良いんじゃないか? 親父さん、本読むのが好きなのか?」

「うん。空いた時間があると料理するか散歩に出掛けるか本を読んでいるの」

「……やっぱ水瀬の親父さんて老後を謳歌してる感じだよな」

「長堀君しつこいよ! パパはまだまだ若いって言ってるじゃない!」

(パパはまだ三十路前なんだから!)

 口には出せない英の年齢を心の中で叫ぶ。

「ははっ。悪い悪い。水瀬の反応が面白くてつい、な。霜月が水瀬で遊ぶ理由が分かったぜ」

 肩を小刻みに震わしながら笑われ、千早にからかわれていたことに漸く気付く。

「もぉ〜、長堀君!」

(そりゃぁ、いつも蓮ちゃんにからかわれてるけどっ……! だけど何も長堀君までからかうことないじゃない!)

「だから悪かったって。機嫌直せって、な? ほら、親父さんにブックマーク贈るんだろ? ブックマークはあっちだぜ」

(長堀君ってば、調子が良いんだから……)

 そこが彼の良い所でもあるのだろう。千早には場の空気を一瞬で変えてしまえる不思議な力がある。
 それが天性の物なのか、学生の身でありながら社会人としても働いている内に身についた物なのかはわからないけれど。
 だがこれだけは言っておかなければならない。

「もう〜。でも、悪かったと思うなら次から絶対にしないで。ね? 誰だって自分の身内の事をからかわれたり、悪く言われたりしたら良い気持ちはしないでしょう?」

 ファミリーコンプレックスやファザコンと言われても構わない。
 仏の顔も三度までと言うが、これに関しては花白には二度我慢するので限界だ。
 じっと目を見ながら言えば、千早がバツが悪そうに視線を逸らした。
 千早にも嫌な経験あるのだろう。

「……そうだな。相手の軽口に傷つくことってあるよな。誤魔化そうとして悪かった。もう言わない」

 暫しの沈黙の後に返って来た言葉。
 その言葉からも千早の反省が伺える。
 自分の非を直ぐに認める事が出来る人は意外と貴重だ。
 これも、千早の良い所の一つ。

「ううん。分かってくれればいいの。私もごめんね? ちょっと空気悪くしちゃって……。え〜っと、それじゃ、パパへのブックマーク選ぶの手伝って、ね? 向こうだったよね、行こ」

 千早のように空気や話を上手く変える術を持たない花白は、気まずさを誤魔化すように千早の右手首を掴み、ブックマークが並べられたコーナーへと引っ張って行く。
 花白に初めて手首…身体の一部を掴まれた千早は、彼女の大胆な行動に一瞬驚いたものの、「あぁ、親父さんに喜んで貰えるヤツを選ぼうな」と答え、手首の事には一切触れなかった。
 何故ならコーナーに着き、無意識にとは言え千早の手首を掴んでいた事に花白が気が付いた時の慌てふためく姿を見たいから、だ。
 長堀千早。日頃は父親や蓮、男友達から遊ばれる事が多い彼だが、最近は隣のクラスの花白で遊ぶことがマイブームとなりつつある、十七歳の秋。



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