『プレゼント』(1)



「決戦日、っと!」

 手帳に赤ペンでデカデカと“決戦日”と書き込み、花白は「よしっ」と大きく頷いた。
 決戦日と書いたが、別に誰かと戦うわけではない。

「凄い文字だな。水瀬の意気込み具合がすっげー出てるぜ」

「――きゃっ!! なっ、長堀君!?」

 不意に後ろから声をかけられ、花白はビクリと震えた。
 視線を向けると、友人である長堀千早が立っていた。
 手入れの行き届いた金色の髪。カッターシャツのボタンは上からニつ外され、ドッグタグのネックレスがチラリと覗いている。
 一見軽薄そうに見えるが、面倒見が良く性格はいたって真面目だ。

「あぁ、悪い。脅かすつもりはなかったんだ。霜月に頼まれた物を持ってきたんだけど、昨日から出張みたいだな」

「うん。なんかベトナムの会社に視察に行くとか言ってたよ。お土産に蓮茶買って来てくれるって」

「あぁ……、そう言えばネットニュースにSHIMOTUKIがベトナムに工場作るって載ってたな。この間も予防接種がどうとか言ってたし」

「そうなんだ……。長堀君詳しいね」 

「別に詳しくはないだろ。ニュースで仕入れた情報だし、事実とは限らない。それに、水瀬が何も知らなさすぎるだけだと思うぞ。それより、その“決戦日”って?」

 開いたままの手帳をトントンッと千早が人差し指で叩いた。
 「あぁ……」と、手帳に書いた文字を見て千早が声を掛けてきていたことを思い出す。

「あのね、明日パパの誕生日なの」

 そう、明日は英の誕生日なのだ。
 そして、“家族”としてではなく“恋人”として祝う初めての記念日でもある。

「へ〜。水瀬は父親にプレゼント渡すんだな」

 意外そうに千早が言った。
 確かに母親にならともかく、高校生にもなって父親に誕生日プレゼントを渡すのは珍しいだろう。

「うん。長堀君はしないの?」

「俺もしてる。高校生にもなって父親に誕生日プレゼント渡す息子って珍しいと思うけどな。要らないって言ってるのに毎年親父に祝ってもらってるし」

 「いつまでも祝われるばかりじゃ駄目だろ」と千早は恥ずかしそうに顔を背けた。その顔は仄かに赤い。

「ふふ……」

(確か、長堀君のお家も私の家と同じように父子家庭……。二人きりだからこそ、お互いを大切にするんだよね)

 蓮からの話によると、千早はほぼ毎日用事が終わると夕食の材料を買ってから帰宅するらしい。
 夕食を千早が作る代わりに、父親が朝食と昼食用のお弁当を作っているのだと言う。

(休日は分担して家事をしているって言うし……。そう考えると、私ってパパが在宅だからって甘え過ぎてるよね……)

「長堀君て偉いね」

 思わず口から出た言葉に、千早は顔を更に赤くした。

「―――ばっ……! そんなんじゃねぇよ。普通だよ普通! 水瀬もしてるんだろ? 俺と一緒じゃないか」

 声を荒げて怒るが、照れ隠しなのがバレバレで全く怖くはない。
 それが分かっているのか、咳払いを一つして話しを逸らすように千早が問うた。

「で? プレゼントはもう決まっているのか?」

「ううん、まだ……。あちこちお店行ったんだけど……」

「決め損ねたってか?」

 言い当てられ、花白はコクリと頷いた。
 かれこれ一ヶ月前からあちこちのお店でプレゼントになりそうな物を探しているのだが、ピンと来る物が見つからなかった。

「そうだな〜、無難にネクタイとかネクタイピンは?」

「パパは普段スーツ着ないよ」

「じゃぁカフスボタンも無しか。なら嗜好品は? 酒や煙草とか」

「パパは煙草吸わないし、お酒もあまり飲まないよ。そもそも高校生は煙草もお酒も買えないから無理でしょ!」

「まぁな。喫煙者ならジッポや携帯灰皿って手もあったけど。難しいな……、洋服は趣味があるし……。あ、趣味の物はどうだ? DVD鑑賞が趣味なら好きそうなDVDプレゼントするとか、音楽鑑賞ならCDとか」

「ん〜、DVDは一回しか観ないからレンタルなの。音楽もジャンルを問わず、気に入った物を買ってるからよく分からないし。趣味の物って言っても、パパの趣味は夕方の散歩だから買えないもの」

「趣味が散歩って老人か! 酒も煙草もたしなまず、家事もそつなくこなして趣味が散歩。どんな好青年……いや、どんな中年親父だよ」

「ん〜、人それぞれだと思うよ。散歩って運動になるし」

(パパは中年じゃないんだけどな……)

 高校生の子どもを持つ父親の年齢は、十八歳の時に子どもを授かったとしても現在は三十歳前半。
 中年呼ばわりされても不思議ではないが、義理のとは言え自分の父親はまだ二十代後半だ。中年扱いはやはり娘として悲しい。

 作家の堤英が義父ということはわざわざ人に言うことではない為、学園側と蓮以外には話していない。
 花白は否定出来ないことを英に心の中で詫びた。

「まぁ、そうか。そう言や俺も親父の趣味ってよく知らねぇかも。運動は週一度、プールに泳ぎに行ってるくらいか」

 くらいか、と千早は簡単に言うが、体育の授業がある高校生とは違い、社会人は自発的に運動しなければならない。
 通勤も電車やバス、車を使っていれば運動不足になりがちだ。
 休日でも、折角の休みの日に進んで運動をしようという社会人は少ないだろう。そう考えると、千早の父親は貴重だ。

「凄いね。長堀君のお父さんの身体しまってそう。スマートで、ちょい悪系ってイメージ」

「ちょい悪って……、んな弁護士やべぇだろ。俺と違って髪も焦げ茶まじりの黒だぜ。身体はまぁ、メタボじゃねぇけど腹筋が割れるって程じゃないな」

 どうやら千早の父親はちょい悪…やんちゃ系ではないらしい。
 職業は弁護士で家庭的。千早が父親の容姿に似ているとすれば、きっとダンディーに違いない。若い頃はさぞやモテたことだろう。

「きっとダンディーなお父さんなんだろうね。家庭的な弁護士さん、今でもモテモテなんじゃない? 案外恋人さんがいちゃったりして……」

 子持ちでも十分にお買い得な物件だと思い、冗談半分で口にしたのだが、その瞬間千早の顔色が変わった。



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