『プロポーズ』



 百合さんと食事をした帰り、少し酔った彼女を自宅近くまで送った時のこと―――

『ほら、しっかり歩いて下さい。花白ちゃんが自宅で待っているんでしょう?』

 僕の問い掛けに百合さんは歩みを止め、寂しげに視線を足元に落とした。

『居ないわよ。あの子、今日お友達の家にお泊りなの。いつも一人にさせちゃってるから、たまには一人ぽっちじゃない夜を過ごさせてあげたいじゃない?』

 秘書の仕事は不規則で、帰りはいつも深夜になる。
 可愛い一人娘の寝顔を眺めるだけで、声を聞けるのは朝の短い時間と休日だけだった。

『百合さん……』

 きっと娘の花白ちゃんが誰も居ない家で寂しいように、百合さんも誰も居ない家に帰るのが寂しいのかもしれない。

『英君。いい歳した大人が何言ってるって思われるかもしれないけど、あたしだってね、寂しいのよ。あの子が寂しいように』

 ギュッと縋りつくように腕を捕まれ、僕の服に皺が寄った。
 捕まれた腕から伝わって来る、百合さんの身体の震え。

『じゃぁ、これからは僕が家で百合さんの帰りを待ちます。仕事柄一日中家に居れますから、これで花白ちゃんが帰って来ても寂しくありませんよ』

 震える百合さんの肩を胸へ抱き寄せ、提案する。

『ヤだわ、英君。今の、告白を通り越してプロポーズじゃない』

『そうですよ。僕は百合さんが好きです。知りませんでしたか? それに、恋人じゃ堂々と一緒に住めませんからね』

 そして、耳元でそっと囁く。『返事は?』と。

『やーね。あたしに勝とうだなんて早いのよ。そうね、仕方ないから受けてあげてもいいわよ』

 捻くれた返事で、百合さんは僕のプロポーズを受け入れてくれた。
 豪快な性格の百合さんに反して、紹介された花白ちゃんはとても可愛いらしくて、百合さんが親バカになるのも頷けた。

 百合さんとの生活はとても短かったけれど、僕は幸せでした。



*END*



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