『僕の花【A】』
「少し、無茶をさせちゃったかな……」
情事の後、気を失うようにして眠ってしまった花白ちゃん。
花白ちゃんと“恋人”と言う仲になって、もうすぐ二ヶ月になる。
十五歳の子どもに、それも義理の娘になる筈の女の子に、年甲斐も無く恋をした。
自分で言うのも何だけど、まるで小説の中の出来事のように感じる。
「ごめんね。花白ちゃん。もう手放してあげられない」
安らかに眠る愛しい人の額に、そっとキスを落とす。
(ううん。きっと初めて会った時から、手放すことなんて出来なかったんだ)
花白ちゃんを紹介される前、百合さんに釘を刺されたことを思い出す。
『言っとくけどね、英君。うちの娘、すっごく可愛いのよ。そりゃぁもう犯罪的に』
ビシッと鼻先を人差し指で指され、真剣な顔をして詰め寄られた。
『小学生は対象外ですよ。百合さんて親バカだったんですね』
知られざる彼女の一面に、正直意外すぎて驚いた。
『やーね。違うわよ! 事実なんだから! で、いくら英君でも、花白に変なことし・た・ら!』
更に距離が詰められ、鼻を指でグリグリと押される。
仮にも婚約者にこんなことをするのは世界広しといえど、彼女だけだろう。
『したら、何ですか?』
『したらね、コンクリ固めにして海に沈めてやるわ。光すら届かない深海へ、ね』
言いながら、不敵な笑みを浮かべる百合さん。
『ま、英君は心配いらないわね。なんせ英君だし』
そう言ってパッと鼻先から手を引き、バッグから取り出した除菌ウエットティッシュで丁寧に指を拭う。
酷くけなされているように感じるのは、何故だろうか。 得に『なんせ英君だし』の辺りが。
『と言うか、ウエットティッシュで拭うのは酷いですよ。しかも除菌』
しかしそれも彼女にかかれば、「まぁいいじゃない」の一言で片付けられてしまう。
今思えば、彼女への気持ちは頼れる年上のお姉さん、という感情だったのかもしれない。
百合さんは所謂キャリアウーマンで、三十歳にして大手商社で秘書室室長を勤めていた女性だ。
そんな彼女と出会ったのは、僕が新作小説の主人公のモデルとして、百合さんの勤める会社に取材に行ったことが始まり――
*END*
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