『暖かな朝』
「ん……、うん?」
カーテンから差し込む陽射しの眩しさに、私は目を覚ました。
(そっか、私昨夜パパと……)
「パパ?」
隣を見ても、パパの姿は無い。
(……夢だったのかな? 確かに、あんなに都合良くパパに告白されるなんてないよね……)
ベッドから床に足をつき、立ち上がろうとした。
「痛っ……!」
足に力を入れた瞬間、腰に鋭い痛みが走った。
(夢じゃ、ない?)
服を着替えて、リビングに向かう。昨日のことは夢では無いのだと早く確かめたくて。
階段を下りる途中、リビングから珈琲の香ばしい香りと誰かの言い争うような声が聞こえて来た。
(誰か来てる? それに、パパが声を荒げるなんて初めてだ)
「パパ……?」
恐る恐る、ドアを開く。
そこには、パパと綾瀬さんが居た。ソファに座るパパに、何故か綾瀬さんが掴み掛かっている。
「おはよう。花白ちゃん」
綾瀬さんを気にもせず、いつもの笑顔でパパが言った。
「パパ……、綾瀬さん……」
「朝食……と言っても、もうお昼だからブランチにしようか」
状況が掴めない私にパパは構わず、綾瀬さんの身体を押しのけてパパが近づいてくる。
「先生! まだ私との話は終わってません!」
「昨日は後片付けをさせてしまい、申し訳ありませんでした。今日はもうお帰りになって下さい」
何かあったのか、言い寄る綾瀬さんを冷たくあしらうパパ。
(さっぱり意味が分からないんだけど……)
どう言うことかパパの服の袖を引っ張ろうとした、その時。
「痛っ!」
腰がまた鈍く痛んだ。
「大丈夫? 花白ちゃん」
パパが優しく腰を支えてくれる。
「―――!?」
パパに支えられる私を見て、綾瀬さんが身体を震わせる。そして、パパを睨みながら指を差して叫んだ。
「やっぱり花白ちゃんとくっついてるじゃないですか! 先生の嘘つき!」
「綾瀬さん?」
(美人が怒ると怖いと言うけど、今の綾瀬さん般若(はんにゃ)みたいだよ……)
「人聞きの悪いことを言わないで下さい」
溜め息をつきながら、パパが言い返す。
「ふんっ。結局花白ちゃんと結ばれたのは先生だったんじゃないですか。あの時私の言った通りになりましたね」
得意げに綾瀬さんがたたみ掛ける。
(『あの時』? 『私の言った通り』? 一体何のこと?)
「だから、何なんですか?」
互いにヒートアップしてきたのか、段々と語尾が強くなっていく。
「先生あの時仰いましたよね? 私の言った通りになったら、私の言うこと一つ何でも聞くって」
忘れたとは言わせないと言わんばかりに、綾瀬さんが私達に近づいてくる。
「さぁ、花白ちゃん。やっぱりお昼は、花白ちゃんが前に行きたがってたあのカフェに行こうか」
パパが肩に手を回し、リビングから出るように促した。
「え? 綾瀬さんと話してる途中じゃ……」
困惑しながらも、パパに尋ねる。
「良いんですよ。放っておけば」
「良くないですよ! 昨日の先生の『娘じゃない』発言で確信して、昨日から色々とお願いを考えてたんですから!」
「綾瀬さん、この話はここまでです。あまりしつこいと、編集長に言いますよ? あのこと」
低い声で、パパが真っ直ぐに綾瀬さんを見つめて告げる。
「くっ……」
パパの意味深な言葉に、綾瀬さんが言葉に詰まった。
綾瀬さんは悔しそうに一頻りパパを睨み、諦めたように一度瞳を閉じる。
「――出直します」
今までの勢いが嘘のように、綾瀬さんは手早く荷物を纏めてリビングを出て行った。
(本当に……、何だったの?)
私の知らないことが数多く、綾瀬さんとパパにはあるようだった。
「ねぇパパ。綾瀬さんの『あの時私の言った通り』って、何のこと?」
先程から気になっていることをパパに聞いてみる。
「さぁ、なんだったかな?」
「忘れちゃった」と、パパは珈琲の準備を始めながら笑う。
(嘘。絶対覚えてる……)
「ちゃんと答えて。じゃないと、綾瀬さんに直接聞くんだからね」
そう詰め寄ると、パパは珈琲を煎れる手を止めて観念したように私を見た。
「花白ちゃんがまだ小学生だった頃、綾瀬さんに言われたんだよ」
『先生、花白ちゃんのこと随分大事になさってますね。いつか花白ちゃんのこと女の子として好きになっちゃうんじゃないですか?』
『馬鹿を言わないで下さい。花白ちゃんは僕の娘です。小学生相手に、有り得ません』
『そんなの分かりませんよぉ〜? 女の子の成長は早いですからね』
『もし、綾瀬さんの予言が当たったら、何でも一つだけ言うことを聞きますよ。花白ちゃんが僕以外の人と結婚したら、綾瀬さんが僕の言うことを一つ聞いて下さいね』
『良いですよ。後悔しないで下さいね』
『ご心配なく。僕が勝ちますから』
「……と、言うわけ」
「女性の勘は凄いですね」と、パパが苦笑する。
綾瀬さんって本当に凄い。
「さて、ブランチにしようか。花白ちゃん。これ、向こうに運んでくれるかな」
話は終わりとばかりに、煎れたての珈琲を渡される。
「はーい」
私は珈琲の乗ったトレイを受け取り、テーブルへと向かった。
ふと、視線を走らせた窓。その窓から差し込む午後の日差しはどこまでも暖かくて、私の心も明るく照らしてくれる。
今日から、パパとの新しい日々が始まる―――
*END*
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