『パパからのキス』



(もう二十三時になるのに、パパ遅いな……。そろそろ帰って来るかな?)

 リビングのソファに座り、クッションをギュッと抱き締めながらパパの帰りを待っていると、玄関の方からインターフォンの音が聞こえて来た。

(帰って来た!)

 私は早足にリビングから玄関へと向かった。

「―――パパっ!?」

 そこには、担当編集者の綾瀬(あやせ)さんに凭れているパパの姿があった。

「ごめんなさいね、花白ちゃん。目を離した隙に先生、編集長に飲まされちゃって」

 苦しいのか、パパのシャツのボタンは三つ程外されて肌蹴られていた。
 その隙間から、チラリと見える鎖骨。

(これ、綾瀬さんも見たんだよね?)

 綾瀬さんはスーツが似合う、とても綺麗な女性。
 仕事に必要な資料も直ぐに届けてくれて、綺麗なだけじゃなく仕事も出来る。
 子どもの私とは大違い。パパと釣り合う、大人の女性。

「花白ちゃん?」

「すみません綾瀬さん。後は私がやります。送って下さって有難うございます」

(ヤだな、私。こんなことで嫉妬するなんて……)

 綾瀬さんに凭れ掛かっているパパの身体を、ゆっくりと私の方に凭れ掛けさせる。

「良いのよ。私達が悪いんだし。それじゃぁ、先生のことお願いね」

 そう言って、綾瀬さんは帰って行った。

「さて、ベッドまで頑張りますか!」

 アルコールの香りに酔いそうになりながら、パパを寝室まで引きずるようにして運んで行く。
 パパは一般的な成人男性に比べてると、一日中室内に篭りきりなせいか肌は白くて体格もやや華奢。
 けれど、別に不健康と言うわけでも女性のように軽いわけでもない。

(でも、私より肌が白いのはショックかも……。それにしても……)

「お酒臭い〜! 重い〜!」

 眠って力の抜けた身体はずっしりと重い。

(世の中の奥様方は大変だよね……)

 そんなことを思いながら、やっとのことで寝室へと到着する。
 掛け布団を捲り、パパを転がすようにしてベッドの上に降ろす。

「ほらパパ、上着脱いで!」

「ん〜」

(『ん〜』、じゃないよ!)

 非協力的な返事に呆れながらもどうにか上着と靴下を脱がし、最後にベルトを外す。

(ふぅ。こんなもんかな)

 ふとサイドボードの時計を見ると、もう零時近くなっていた。
 パパの部屋には、家具はベッドとサイドボードしかない。
 ここでは一切を仕事をしないと、以前言っていたことがある。服などは備え付けの収納に入っているようで、全体的にモノトーンで纏められた空間。ただ、眠る為だけにある部屋。

「それじゃ、ゆっくり休んでね」

 シーツをかけながら、眠るように促す。その時―――
 急に布団の中から伸ばされた手によって、パパの方に私の身体が引き寄せられる。 そして、驚く間も無く唇が重なり合う。

「んっ!? ふぅっ…はぁっ、……んん!」

 突然の、キス―――

「んぅ……、ぁふっ」

 お酒の味のキス―――

 無防備に薄く開いていた唇から舌が差し込まれ、舌を絡めとられる。

「やっ……、はんっ……ふぁっ」

 上頷を擽るように舐められて、膝から力が抜けそうになる。
 キスで意識が遠くなりそうになった頃、湿った音を立ててようやく唇が離れた。

「百合(ゆり)さん……」

 キスの後にパパの唇から紡がれる、私以外の女性の名前。

「『百合』……」

 パパは酔うと私にキスをする。“ママ”の名前を呼びながら……
 心が凍りそうになるのは、この瞬間。身代わりであることを、嫌でも自覚させられるから……

(私はママじゃない。ママにはなれない……)

 自分の唇にそっと触れて、目を閉じる。

(私はママじゃない。だけど、パパがどんなにママのことを想ってキスをしても、このキスは私へのものだから…・・・)

 そう自分に言い聞かせて、私は寝室を後にした。



*END*



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