『優しい嘘』英+百合(1)



 夕食をテーブルに並べ終わると、席についた花白ちゃんが食卓を見て嬉しそうに口を開いた。

「そう言えば、パパって初めて会った日から食事作ってくれてたよね。今日と同じで、カリカリに焼いたバケットとラザニアにコーンサラダ」

「うん、夕食を作ったことは覚えてるよ。流石にメニューまでは覚えてないけど」

 でも、僕の手料理を食べて『おいしいっ』と微笑んでくれた花白ちゃんの顔は覚えてる。

「あのね、すごくびっくりしたの。ラザニアってお店で食べるものだって思ってたから」

 ラザニアは手間がかかるから、時間のある時や好きな人でなければわざわざ家で作らないかもしれない。

「それにね、お家で食べた中でニ回目に美味しかった御飯なの。その前は、一日前にママが作ってくれたカニクリームコロッケ」

 百合さんは仕事の出来る女性だったが、その反動か料理が苦手だった。
 食事は惣菜か外食。その内に帰りが遅い百合さんを気遣って、花白ちゃんが幼いながらに食事を作っていたという。

(その百合さんが、カニクリームコロッケ?)

「それ、本当に百合さんが作ったの?」

 信じられず、僕は花白ちゃんに確認を取る。

「うん。だってママがいつも買ってくるお店にカニクリームコロッケなんてなかったし。しかもデザートに手作りシュークリームもあったよ。あの焦げ目はお店じゃないもん」

 花白ちゃんの目は嘘を言っているようには見えない。
 でも、何かが引っ掛かる。あと少しで思い出せそうなのに、なかなか出てこない。

(あの百合さんがシュークリームまで? 焦げ目、カニクリームコロッケ……)

『コレ、あたしが作ったことにしとくから。バラしたらどうなるか分かってるわよね? 英君』

「…………あぁ!」

(思い出した! あれは僕が(百合さんに脅されて)作ったんだ!)

 あれは僕が百合さんに告白して数日後のこと――


 その日は祝日で、僕は何故か百合さんの家に呼び出されていた。
 時刻は午後ニ時を回ったばかり。祝日の今日、花白ちゃんは朝から友達と遊びに出掛けているらしかった。
 今家には僕と百合さんが居るわけだけど、何故か僕はエプロンを着て百合さんと一緒にキッチンに立っていた。

「さぁ、存分に腕をふるうがいいわ。英君」

 そう言って百合さんは食材の入った袋をまな板の上に置いた。

「……何でそんなに偉そうなんですか、百合さん」

(僕は“お客様”じゃないんですか?)

「それにその食材、僕が買って来たんですけど……」

「うっさいわね。ウダウダ言ってる間に手を動かしなさいよ」

 「さぁ、早く」と急かす百合さんに何を言っても無駄。

 僕は溜め息を一つ吐いて作業を開始した。

 今日のメニューは
 ・カニクリームコロッケ
 ・ツナとニンジンのサラダ
 ・ナスと油揚げの味噌汁
 ・シュークリーム

(まずはコロッケのホワイトソース作りからですね)
 
 作業を開始して数分――
 バターと小麦粉をフライパンで炒め、牛乳で伸ばしていた僕に百合さんが驚いたように口を開いた。

「英君てホワイトソース自分で作るの? 缶の方が手っ取り早いでしょう?」

「缶よりも自分で作った方が美味しいんですよ。沢山作って冷凍しておけば使い回せますし」

「ふ〜ん。何か料理出来る男ってムカつくわね」

 百合さんは何をするでもなく僕の作業を隣で見守っている。

「百合さん、気が散るのでお味噌汁を作って頂けますか?」

「気が散るだなんて、失礼ね! 分かったわよ。私のお味噌汁を飲んで腰を抜かすがいいわ!」

 流石にお味噌汁作りには自信があるらしい。

(まぁ、だし汁とって具を入れて味噌入れるだけですしね)

 僕は深く考えず、包丁を持つ百合さんの邪魔にならないように、完成したコロッケの生地を冷蔵庫に入れ、リビングに持運び用のIHを運びシュー生地を作ることにした。
 この後、僕は別の意味で腰を抜かすことになる。


 僕が鍋に水と塩、バターを入れていると、キッチンから百合さんの声がした。

「英君! ダシ買って来てって言ったじゃない! 何で無いのよ」

「ちゃんと買って来ましたよ。百合さんの家でどれが使われてるのか分かりませんからニ種類」

(定番の削り節とニボシを)

 それでも無いと言う百合さんを見に行くと、きちんとそこには削り節とニボシの袋があった。

「あるじゃないですか。ニボシと削り節」

「あのね、英君。ダシは魚じゃなくて粉末でとるのよ?」

(―――!?)

「――はい?」

 更に、さも当然のように「英君てば知らないの?」と言わてしまう。

(百合さん、本気で……? 駄目だ。深く考えると頭痛がしてくる)

 僕は百合さんを無視して昆布の袋を開け、鍋に水と切り込みを入れた昆布を浸した。

(今日は削り節と昆布の合わせだしにしよう)

「痛っ! 何するんですか百合さん」

 昆布を浸している間にシュー生地の続きとツナとニンジンのサラダの準備をしようとすると、百合さんから足蹴りが飛んで来た。

「英君のくせに私を無視するからよ!」

(『私を無視するから』って、百合さんいくつですか!)

 余りの理不尽さに言い返したくなったが、もう三時を回ってしまっているのでここはグッと堪える。
 早くしないと花白ちゃんが帰って来てしまうからだ。

「百合さん、だしの素にも鰹とかニボシも入ってます。と言うか、だしは普通魚でとるんです。コレって小学生のレベルですよ。もう十分なんで百合さんはリビングでお茶でも飲んで待っていて下さい」

 まだ文句を言う百合さんの背中を押して、リビングへと追いやる。
 “小学生のレベル”に傷ついたのか、文句を言いながらも僕の淹れた珈琲をソファに座ってしぶしぶ口に運んでいる。
 少し言い過ぎたとも思うけれど、ここはそっとしておくことにして僕は作業に専念した。



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