『デート』(1)



 朝、信が目覚めるとそこには見知らぬ天井が広がっていた。


「…………」


 自分の記憶が確かならば、昨夜はホテルで蓮との逢瀬を楽しんでいた筈だ。
 しかし、目覚めてみれば天井はホテルのものよりもずっと高く、作りは木造。


「蓮……?」


 状況を呑み込めないまま、信は蓮の名を口にしながら上半身を起こした。


「潮の香り……」


 上半身を起こせば、開け放たれた窓から磯の香りを含んだ風が部屋に流れ込んでくる。
 部屋の家具にも見覚えはなく、家具や調度品はどこか暖かみを感じさせるアジアンテイストで纏められている。

 信はベッドから下り、潮の香りに誘われるように開け放たれた窓へと向かった。


「これは……」


 窓から先はテラスになっており、ウッドチェアや丸テーブルが置かれている。

 テラスの向こうには眩しい太陽と雲一つない青空、キラキラと輝く青い海が広がっていた。
 テラスの隅にある階段からは直接海に下りられるらしく、テラスからはビーチが見える。


「ここは沖縄辺りかな……?」


 自分の住む場所はまだ梅雨が明けていない為、信は冷静に判断を下した。

 この歳になれば、多少の事では驚きはしない。
 例えこれが誘拐だろうと自分に身の危険が及ぼうと、息子の千早はもう自立してるも同然なので心配は要らない。
 ただ、気がかりなのは蓮のことだ。愛しい年下の恋人。


(蓮の悲しむ顔は、例え遺体の身でも見たくはないね……)


「蓮は泣いてくれるかね……」

「あ、信さん起きた?」


 海を眺めて呟けば、どこからか蓮の声が聞こえてくる。
 辺りを見回すが、姿は見えない。


(とうとう幻聴が聞こえるとは、私も終わりだね)


 潮風にあてられたからかもしれない。と思ったその時、階段を駆け上がってくるような音が聞こえてくる。
 それは、テラスの隅の階段の方から聞こえてくるようだった。

 次第に近づいてくる足音。
 次第に足音の主の姿が見えてくる。

 最初に見えたのは濡れた黒い髪と白い肌。首もとを飾る小さなクロスのシルバーネックレス。
 濡れた髪からは雫が滴り、白い肌に髪がはりついている。
 そして、信の目を惹いたのは黄緑色のスカートビキニだ。

 胸元とスカート部分には大きめのフリルがあしらわれている。


「お早う、信さん」

「………」

「信さん? ……やだ、時差ボケ?」


 目の前で手をヒラヒラと振られ、信はハッとした。蓮の水着姿に見惚れていたようだ。


「蓮……、ここは何処なんだい? 私と君はホテルに居たと思うんだが」


 気を取り直して蓮に問う。


「そうよ。ホテルからここに連れて来たの。ここは赤道直下、南の島よ」


 あっさりと言われ、信は頭を抱えたくなった。


(赤道直下の南の島……?)


 どうやら日本ですらないらしい。
 そもそも何故ホテルから南の島へ連れて来られたのだろうか。
 パスポートも普段持ち歩いていないというのに。

 信の頭の中は混乱していくばかりだ。
 しかし、それを顔に出すことはない。信は一つひとつ確認して行くことにした。



 それは情事の後のこと――


『ね、信さん。やっぱり信さんとデートしたい……駄目?』


 蓮の身体をお湯で濡らしたタオルで綺麗にしてからシャワーを浴びてベッドに戻ってきた信に、蓮は寂しげに声をかけた。


『どうしたんだい? 急に』

『友達がね、夏休みに歳の離れた恋人と旅行に行くんだって……だから……』


 『だから自分も行きたい』そう言いたいのだろう。


 信も年の差が十歳程度なら人目を気にしたりしない。しかし、自分達は親子程に離れている。
 自分達はよくても回りから要らぬ想像をされ、好奇の目で見られるだろう。

 親子に見られるならまだマシだが、援助交際に見られるがオチだ。その為信と蓮は外でデートをした事がなかった。
 もそも信は青少年保護育成条例にも引っ掛かっている。

 信とは違い、蓮はまだまだ遊びたい盛り。蓮が同年代の子を羨んでも仕方のないことだろう。


『そうだね。何処か誰にも邪魔されない場所があれば気兼ね無くデートが出来るんだがね』


 社会的地位や守るべき家族。しがらみが多すぎて、上手くいかない。若い頃のように、自分本意では居られない。
 恋人とデートするという当たり前のことも、自分はしてやれない。


『困らせたいわけじゃないの。でも、もし誰にも邪魔されない場所があるなら、私とデートしてくれる?』

『そうだね。私と蓮以外、誰も居ない場所ならね』


 そんな場所は無いに等しい。あるとすれば無人島くらいのもの。


『誰も居ない場所……』


 小さな声で呟き、枕を両手で抱き締める蓮。
 信はうつ伏せに寝転がる蓮の頭をあやすように優しい手付きで撫でた。
 サラサラと手触りのいい柔らかな髪。


『もうお休み』

『……ん』


 頬に口づけを落とし、眠るよう促す。
 情事で疲れていたのだろう、瞳を閉じた蓮からは程なくして基礎正しい寝息が聞こえ始めた。


『すまないね、蓮……』


 今度は眠る蓮の唇に触れるだけの口づけをし、信も眠りに落ちていった。


――――
――


「確かに言ったね。私と蓮以外、誰も居ない場所なら、と」


(確かに言った。しかし……)


「君も寝ていた筈ではなかったかね?」


(私は蓮が寝るのを確かめて寝たのだ。となれば……)


「寝たふりしてたの。信さんにはちょっと睡眠薬を飲んで貰って、プライベートジェットの手配をしたのよ。丁度島に別荘もあったから、誰も島に来ない様貸し切りにして」


(睡眠薬……、道理で気付かない筈だ)


「パスポートは?」

「信さんの家に行って、誰も居なかったから家探しさせて貰っちゃった。ごめんね」

「…………」

「信さん?」

「いや……、蓮にこんなにも行動力があるなんて知らなくてね。驚いていたんだよ。色んな意味で……」


(睡眠薬にプライベートジェット……南の島、家探し。あの言葉一つでこんなことになるとは……。蓮に言う言葉には気をつけなければいけないね)


「怒った……?」


 困ったような信の言葉に、蓮は不安そうに眉を寄せた。
 勝手にここまで連れて来たことを少なからず後悔しているのだろう。
 そんな所も愛しいと思ってしまう自分は、相当蓮に溺れている。


「怒ってはいないよ。でも……」

「信さん? きゃっ!?」


 信は蓮の身体を担ぎ上げ室内へと戻っていく。


「やだっ! 重いから下ろして! 信さんが濡れちゃう」


 急に担ぎ上げられた蓮は驚き、恥ずかしさから下ろしてと信の背中を叩いた。


「きゃっ!」


 信は蓮の抵抗を無視し、力強い足取りで先程まで寝ていたベッドの上に乱暴に放った。
 ベッドのスプリングは優しく蓮の身体を受け止めてくれたが、放り出された蓮は信じられないという顔で信を見た。
 普段紳士的な信に、ベッドに放り出されるという雑な扱いを受けたことがなかったからだ。


「信、さん?」


 見上げた顔はいつもと同じ優しい顔。
 ただ違うのは、纏う空気。暖かいのに、触れた瞬間指先から冷えていくかのよう。


(こんな信さん、知らない……)


 無意識にベッドを後退ろうとすれば、力強い腕によって身体を組み敷かれてしまう。
 そして、抗う間も無く頭と顎を大きな手で固定され唇を塞がれる。


「ふっ……んんっ!!」


 薄く開いたままの唇の中に、信の舌が侵入してくる。
 それは直ぐに蓮のそれに絡み付き、痛みを感じる程強く吸い上げられる。


「……ぁん、……ふぅ、んんぅ……」


 何度も角度を変えて口づけられていく内に、頭の中がぼぅっと霞がかってくる。


「蓮は激しいキスがお気に入りなようだね?」


 抗う気力も失せてきた頃、キスの合間に囁かれ、羞恥で蓮の顔が赤く染まった。


「違っ……、あんっ! ひゃんっ…っ…」


 否定しようとすれば、まるで罰のように水着越しに乳房の頂き付近を甘噛みされる。


「……少ししょっぱいね。それに、潮の香りがする」


 もう片方の手でも反対側の頂きを押し潰す様に捏ねられ、布越しのもどかしい刺激に蓮は身体を震わせる。


「い……きが……、やぁっ! 噛み、…っ…な…がら喋らない、で……あぁん!」


 信が喋る度、熱い吐息が布越しに肌に伝わってくるのだ。


「ふふ。私の息が肌に伝わるのかい? でも、この熱い息も蓮が悪いんだよ?」


(蓮が私の身体を熱くさせるんだよ。その声で、その顔で、その身体で……)


「私の、……せい…な、の? きゃっ………」


 胸の谷間に両手を差し込まれ、左右に開かれる。
 そうすれば緩んでいた肩と背中の紐により、水着からフルンッと豊かな乳房が露になる。


「……綺麗だよ」


 紐が肌に食い込み、より強調された乳房を見ながら信は小さく囁いた。
 信は吸い寄せられるように既にプックリと尖りつつある頂きをペロリとひと舐めし、口に含んだ。
 勿論、空いた手でもう片方の乳房を愛撫することも忘れない。



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