『信さんの誕生日』(1)*
この物語では、信に蓮と千早が友人同士であることなどがバレた後の話です。
八月十三日の今日は特別な日。
何故なら信さんの誕生日だから。
信さんは社会人で、今日は平日だから出社中。
と言うわけで、夏休み中の私は今、長堀家でお誕生日を祝う準備を長堀君としています。
「完成〜!!」
目の前には、少しイビツにデコレーションされたブッシュ・ド・ノエル。
まぁ、見た目あれだけど、このイビツさも切り株っぽいよね。
「……有り得ねえ」
完成したケーキを横目で見ながら、隣で洗い物をしていた長堀君が囁く。
「何が?」
「何がって、あれだよ!」
泡にまみれた指で、ビシッとテーブルの上を指差した。
そこには、サラダやミネストローネ、カツオのカルパッチョなどの信さんの好物料理が並べられている。
“全て”長堀君の作品だ。
(うんうん。長堀君、将来良いお婿さんになるよ)
「つーかさ、何でお前に巻き込まれて俺が全部料理してんだ!? お前がしたのデコレーションだけじゃねえか! あぁ?」
「良いじゃない。長堀君の料理、信さんの次に好だもの」
「俺が嫌なんだよ! これじゃいつもと変わんねーよ!」
(あーもー。うるさいな〜。長堀君って文句言い出すと止まらないんだよね。何とかなんないかな……)
長堀君の口を塞ぐべく、キッチンに目を走らせる。
目の前にはブッシュ・ド・ノエル。
(これは、無理。他には……、あっ!)
目にとまったのは、ケーキの横にあるボール。そこには生クリームの余りが入っている。
(これだ!)
「長堀君」
「あ?」
「えいっ!」
クリームを指に取り、長堀君の顔に向けて飛ばす。
「うわっ!」
クリームは狙い通り、長堀君の鼻と口にクリームがべったりとついた。
(よし! 決まった! 見事にヒット!)
―――が。
「し〜も〜つ〜き〜! テッメーはよぉ!」
クリームまみれの顔をタオルで拭いながら、長堀君が怒気を露に私を睨む。
(怖っ!)
長堀君は私と同じようにボールの中のクリームを手につけた。
(ま、まさか……)
そして、にやりと笑う長堀君。
(この笑み、やる気満々か!)
「や、ちょっ待っ」
咄嗟に逃げようとするけど、がっちりと手を握られては振りほどけない。
そして―――
「ぎゃっ!」
長堀君の放ったクリームは、鎖骨や胸の辺りにヒット。
(……うぅ、気持ち悪い。暑いからってキャミソールなんて着てくるんじゃなかった)
「チッ。顔狙ったのに」
残念そうに舌打ちをする長堀君。
(チッじゃないよ。何てことすんのよ)
「二人で何をしているんだい?」
ボウルを奪い返そうと長堀君につかみ掛かった瞬間、リビングの入口から声をかけられた。
「信さん!」
「親父!」
長堀君を掴んでいた手を引き、信さんに駆け寄る。
「信さん。お帰りなさい。お誕生日会の準備出来てるよ」
早く信さんに喜んで貰いたくて、信さんの腕に手を絡ませながら見上げた。
だけど、信さんの顔は何故が不機嫌そう。
(どうしたんだろう?)
「信さん?」
「蓮、どうして胸にクリームがついてるのかな?」
「え? あぁ、長堀君とね、余ったクリームでふざけて遊んでて」
理由を話すと益々信さんは眉を潜めていく。
「そう、千早と」
「お、親父……?」
長堀君が不安そうに信さんに声をかける。
「いや、分かっているよ。さぁ、食べようか。この料理、千早が作ってくれたんだろう?」
何事もなかったように、信さんは笑顔で長堀君に席に着くよう促した。
でも、長堀君は信さんの微笑みを見て、却って顔を強張らせていた。
(どうしたんだろう……)
信さんの息子である長堀君が、信さんのことを誰よりも熟知していると言うことを、この時の私は考えもしなかった。
楽しいお誕生会が済むと、もう二十二時近くなっていた。
夏休みだからと言って、遅くまでお邪魔しているわけにはいかない。
「信さん、長堀君、私そろそろ帰るね」
食後の珈琲を飲んでいる二人に声をかける。
「蓮、まだケーキを食べていないだろう? 千早はケーキは苦手だから食べないし、二人で私の部屋で食べないかい?」
「親父……」
私を引き止める信さんに、長堀君が何か言いた気に声をかける。
「千早、紅茶を淹れてくれるかい?」
「あ、あぁ。分かった」
信さんの言葉に身を固くしながらも紅茶を淹れる長堀君。
信さんは紅茶とケーキをトレイに乗せると、私を促して信さんの部屋へと向かった。
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