『千早と妹』(1)
この物語は、千早視点の未来ものです。




 ビルの一室に、俺・長堀千早の会社がある。

 社名は“シュヴァリエ”
 フランス語で騎士という意味だ。

 従業員も少人数の、ゲーム製作会社。
 RPGのシリーズものがヒットし、今の所売上は右肩上がりだ。
 ゲームプログラマーになって九年目。つい最近、二十二歳の誕生日を迎えた。


「よしっ! あとは印刷所にパッケージのデータ送るだけだな」


 新作ゲームの発表を控え、職場では仕事の山場を越え、一時の休息が与えられていた。


「お疲れ様、千早。でも残念だね。発表後には細々したことが山積みだから」


 忘れていたかったことを思い出さされ、珈琲を差し出してきた同僚でもある友人を睨む。


「雨宮(あまみや)。お前って本当、学生時代と変わらないな。その嫌味なとこ」


 イラストレーターである雨宮と俺は、初等部からの付き合いだ。

 ふんわりと緩く巻かれた毛先、バークヴァイオレット色をしたストレートの髪。
 流行りの女性の服に身を包んだ姿は、実に女の子らしい。
 だが、悲しくも言いたいことをズバズバと無遠慮に言う、男のような口調の持ち主の女でもある。


「ふふ。残念でした。私はまだ現役だよ。君と一緒にしないで欲しいな」

「ああ、そうかよ」


 俺とは違い、雨宮は現在大学四回生だ。卒業後はここに就職することになっている。


(こいつ、社長に盾突いて良いと思ってんのか。まぁ、思ってるからこの態度なんだろーけどよ)


「発表まで時間あるし、ゆっくり休みなよ。私ももう帰るしさ」

「ああ、お疲れ。聖(ひじり)先輩に宜しくな」


 雨宮がバッグを手にした時、インターフォンが鳴った。


(誰だ?)


 時計を見れば午後二時。


「私が出るよ」


 席を立とうとする俺を止め、雨宮が玄関へ向かう。
 

(ここには勧誘は来ないし、社員なら鳴らさねーし……、仕事関係者か?)


 暫くして、雨宮のドタドタという足音が聞こえ、社長室の扉が開いた。


「千早。君、酷いじゃないか! 子どもが居たなんて!」


(子ども……!?)


 余りの言われように、頭がついてこない。


「俺には居ねえし知らねぇよ!」


 と言うか、結婚もしていない。
 まして孕ますようなヘマもしていない。


(……つーか、客じゃねえのかよ)


 よく見ると、雨宮の足元には四、五歳の少女が隠れるように立っていた。


「あ、お前!」


 薄茶色の髪をクルクルと巻いて二つ括りにし、ヘッドドレスをつけた頭。
 そして、くりっとした瞳。白いレースをあしらったモノトーンのワンピース姿。

 傍目から見ても、かなり可愛い少女だ。
 千早にはその少女に見覚えがあった。


「やっぱり君、知ってるんじゃないか!」


 「最低だな!」っと怒り狂った雨宮に、問答無用で殴られる。

 しかも、グーで。


(だからお前は、人の話しを聞けえぇぇ!!)



――――
――



「あはは……、妹だ? 千早、君って奴は……。もっとマシな嘘つきなよ」


 来客用のソファで、雨宮が腹を抱えて笑っている。
 千早は雨宮の横で行儀よく座ってホットココアにふぅ、ふぅと息を吹きかけている少女を眺めながら答えた。


「……本当なんだけど」


 確かに歳が離れすぎていることは自覚している。何せ自分が十九歳の時に産まれた妹だ。
 雨宮は疑いの眼差しで、少女と千早を交互に眺める。


(あーもー。埒があかねー)


「おい、冬姫(ふゆひめ)。お姉さんにご挨拶は?」


 冬姫と呼ばれた少女は、隣に座る雨宮に「ながほり ふゆひめです。ごあいさつが おそくなって、ごめんなさい」と挨拶をし、千早にも挨拶をした。


「おひさしぶりです。にいさま」

「あっはっはは、聞いた? 君のこと兄様だって、はは……笑っちゃう。やだなー千早、笑かして私を殺す気?」


 また何かスイッチが入ったのか、雨宮が笑い出す。


(いいから、もう帰れよお前……)


「で、何しに来たんだ? 霜……いや、母さんは?」


 雨宮を無視して、冬姫に話しかける。
 実家からここまで、車で十分。冬姫が一人で来れる距離ではない。


(だとすれば……)


「とうさまは おしごとで、かあさまも ごごから おしごとが はいってしまって……。そしたら、かあさまが ここまで おくってくださったの」


(霜月め……)


「あんにゃろう」

「つまり、お母さんかお父さんが向かえに来るまで、千早が冬姫ちゃんの面倒を見るわけか」

「マジかよ……」


(仕事で疲れてるのに、子守り……)


「よし。じゃぁ私も残ってあげるよ。ね、冬姫ちゃん。お姉さんは麗(れい)って言うの。宜しくね」


 雨宮が冬姫に向かって優しく微笑む。


(ん〜、雨宮って黙ってれば美人だよな。黙ってれば。)


「どっか遊びに行くか。冬姫、どこがいい?」


(……ったく。今日は歳の離れた妹の為に、時間を割いてやるか)


「冬姫ね、植物園がいい」

「「 植物園!? 」」


(いや、満面の笑みで四歳児が植物園って……。遊園地とか動物園とかあるだろうに。……誰に似たんだ?)


 かくして、千早と雨宮の休日が幕を開けたのだった。



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