『千早と妹』(2)
この物語は、千早視点の未来ものです。
「にいさま! はやく、はやく!」
室内型の植物園に来ると、冬姫が園内へとかけていく。
「迷子になるなよ〜!」
走る冬姫を追いかけながら注意する。
(子どもって元気だよな。あの年で植物園のどこが良いのか分からんが)
「ねぇ千早。君のお父さんって、再婚したの? 確か父子家庭だったよね」
(とうとう来たか……)
「四年前に再婚したんだよ。俺らが高校卒業してすぐ」
「そっか。でも、その年で再婚してもお母さんと仲良くなれるもんなの? 私なら無理だね。お母さんって呼べない」
(仲良くなるも何も……)
「まぁ、それなりに。今は家出てるから、たまに会うぐらいだし」
「あぁ、新婚だもんね」
(新婚っつーか、見てて複雑すぎんだろ。アレは)
「それにしても冬姫ちゃん可愛いよね。さぞや若い頃は美男美女なご両親だったんだろうね」
(まぁ、妻の方は今でも若いけどな)
「でもさ、冬姫ちゃんって誰かに似てる気がするんだよね」
(ギクッ! ヤベッー! 絶対こいつには冬姫の母親の正体だけは知られたくねぇ)
「気のせいだろ。ほら、冬姫追いかけないと」
何とか話をごまかし、冬姫を追う。
「おいし〜」
「ねっ、おいしいねー」
園内を見回り、ショップで千早に買って貰った花写真集を見ながら、カフェで雨宮と冬姫は薔薇を使ったアイスクリームを食べている。
「雨宮、何で俺がお前の本まで買うんだよ」
珈琲を飲みながら、千早は雨宮を睨む。
冬姫に本を買ってやる際、ちゃっかり雨宮も便乗したのだ。
「千早、男がたかだかそんなことで文句言うもんじゃないよ。それとも、自分は心が狭いって公言したいのかい?」
つくづく、一言えば十返ってくる女だ。
「くっ……」
(言い返す言葉すら思い浮かばねぇ)
「あーあ。もう六時かー。もうそろそろ千早と冬姫ちゃんのお父さんが来るんだよね?」
親父には連絡をして冬姫を迎えに来るよう頼んでいた。
絶対に霜月を連れてくるなって言っといたし、大丈夫だろ。
「にいさま。きょうは、ありがとうございました」
にっこりと、冬姫が礼を述べる。
(マジに自分の妹とは思えない礼儀の正しさだな……)
向かいでは雨宮が「やっぱり誰かに……」とブツブツと言っている。
(こいつはもう放っておこう)
「冬姫!」
カフェの入り口から、冬姫を呼ぶ親父の声がする。
「とうさまっ!」
(ああ、やっと来たのか)
珈琲を飲みつつ、親父の分の珈琲を注文しようと手を上げようとした時、冬姫から信じられない言葉が続いた。
「かあさまっ!」
(母様だぁぁぁ〜〜!?)
後ろを振り返ると、スーツ姿の親父と霜月がこっちに手を振りながら歩いてきている所だった。
「あれ? あれって……、霜月さん?」
(やっべぇぇぇ!)
雨宮は霜月の存在に驚き、大きく目を見張る。
「雨宮さん、長堀君。冬姫のお世話、有難う」
雨宮に向かって、冬姫を抱き上げながら声をかけた。
「え……、あれ? 霜月さんって千早のお父さんとも親しかったんだ?」
状況を把握しきれていない雨宮は、霜月に確認する。
(まぁ普通、理解出来ないよな)
ああ、と納得したように、霜月は雨宮に説明した。
「長堀君のお父さんと結婚したの。だから、冬姫は私の娘」
「…………!? 千早、何で君は教えてくれなかったんだよ。そうだよ。冬姫ちゃん、どっかで見たことある顔だと思ってたけど、霜月さんだったんじゃん!」
暫くフリーズしていた雨宮が、烈火のごとく詰め寄る。
(雨宮、ここ公衆の面前だぞ! 声がデカすぎだ!)
「言えるわけないだろ! 再婚相手が同級生で、しかも友達だなんて!」
「にいさま……、かあさまのこと きらい?」
千早の怒鳴り声に冬姫が怯え、霜月の腕の中で今にも泣きそうに瞳を揺らす。
「いや、そうじゃなくて」
(好きとか嫌いとか問題じゃないだろ)
「冬姫。私と長堀……いいえ、お兄ちゃんはお友達だったから仕方ないのよ」
霜月が言い聞かせても、冬姫の機嫌は変わらない。
(あーもう。どうすりゃいいんだ……)
「仕方ないよ千早。もう諦めて霜月さんのこと、母様って呼びなよ。実際、義理とは言え母親だし」
(はぁぁぁ!?)
「雨宮、急に何言い出すんだ」
「だって冬姫ちゃんが可哀相じゃないか。君、小さい子泣かせて楽しいの?」
(いやいや……、楽しくはない。楽しくはないけれども……!!)
「長堀君」
申し訳なさそうに千早を見る霜月。
「千早」
期待の眼差しで千早を見る父親。
「ちーはや!」
不適に微笑みながら千早を見る雨宮。
四人の視線が千早に集まる。
(ううっ! クソッ!)
「嫌いじゃないよ。か……母さん」
決死の覚悟で初めて霜月を“母さん”と呼んだ俺に、冬姫は嬉しそうに笑ったが、何故だか大人三人は微妙な顔で俺を見つめた。
(………何でだよ)
「やっぱさ、しっくりこないよね。同い年の友達だし。第一、他所で言ったら回りはドン引ものだよ」
「ごめんね、長堀君。やっぱり何だか凄く違和感がある」
「そうだね。無理があるな」
(ドン引き、違和感、無理って……。いやいや。お前らがやれって言ったんだろうが!! ええっ!?)
怒りでふるふると身体が震える。
「〜〜〜いい加減にしろ!!」
その日が、千早が義母となった友人・霜月蓮を“母親”と呼んだ最初で最後の出来事であった。
千早の消し去りたい恥ずかしい過去の一つとなったことは、言うまでもない。
*END*
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