『苦くて甘いチョコレート』(バレンタイン企画)(1)



 ―――二月十四日。午後九時。

 奏は珀明の書斎の前で悩んでいた。

(やっぱり、迷惑じゃないかしら? でも、バレンタインは好きな人にお渡しするもので、それは既婚者にも当て嵌まるものだと葉月さんが仰ってましたし)

「珀明さん……、食べて下さるかしら」

 奏は小さく呟き、両手で持っている正方形の箱に視線を落とした。
 綺麗にラッピングされた箱の中身はチョコレート。勿論奏の手作りだ。

(珀明さんは甘いものは召し上がらないから、ビターチョコレートを選んでみたけど……。せっかく作ったのだし、例え召し上がって頂けなくても、受け取って下さるだけで私は嬉しいから)

 奏は扉をノックし、返事を待って扉を開けた。

「―――っ!?」

 書斎の扉を開けて目に入ったものは、書類や本で埋めつくされた床。

(これは一体……)

「あぁ、奏様。すみません、散らかしてしまって」

 そう奏に声をかけたのは、ソファに座りテーブルの上に置かれたパソコンを操作していたレイヴンだ。

「どうなさったんですか……?」

 床には書類と本が散らばり、珀明は書類を見ながら電話で話している。

「ちょっとしたトラブルです。会社同士のいざこざで……」

「レイヴン、瑪瑙に余計なことを言うな。書類は出来たんだろうな?」

「やれやれ、面倒なこと押し付けておいて……。出来てますよ」

 レイヴンの話を遮り、電話を終えた珀明は奏を見た。
 その顔には、微かに疲労の色が伺える。

「で、何か用事があったのだろう?」

 珀明の言葉に、奏は後ろ手に箱を持つ指に力を入れた。

「いいえ……、たいしたことではないんです。あの、今夜は自分の部屋で休みます。お忙しいのに、邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした」

 奏は口早に言って珀明の部屋を出た。
 チョコを手渡して早く退出すればいいだけなのに、忙しくしている二人を前にチョコを渡す勇気が沸いて来なかった。 
 バレンタインに浮かれていた自分が、恥ずかしくて堪らない。
 部屋に戻って、ソファに座り、テーブルの上にチョコの入った箱を置く。

「ナァーゥ、ナァー」

「オニキス……」

 ソファに座る奏に飼い猫であるオニキスが近付き、床を蹴ってソファーの上へ飛び乗った。
 拾った時は子猫だったオニキスも、すっかり身体が大きくなっている。
 ソファに乗ったオニキスはそのまま奏の膝まで歩き、まるで慰めるかのように奏の頬を舐めた。

「くすぐったい……。慰めてくれてるの?」

「ナァゥ、ナァー?」

 オニキスは奏の膝の上に乗ったまま、顔をテーブルに向けた。
 首を捻った瞬間、部屋のライトに照らされてオニキスの首輪に埋め込まれている宝石が光る。

「あれはね、失敗したチョコレート。オニキスは身体を壊してしまうから、食べちゃ駄目よ?」

 猫はチョコレートに含まれる成分を代謝できない。故に長期間与え続けると中毒になってしまうのだ。

 奏はテーブルの上に置かれたガラスのお皿に盛られたチョコレートの一つを手に取った。 
 カットする時に形の崩れてしまった生チョコレート。
 初めてのバレンタインで、失敗してしまったチョコの山。
 形が悪いだけなので、奏は捨てずに自身で食べようと部屋に運んでいたのだ。

 指で摘んだチョコを奏は口に運んだ。

「――んっ! 苦い……」

 舐めた瞬間、ビターチョコの苦みが口に広がる。

(ちょっと苦く作り過ぎたかしら……)

 奏は口直しにメイドに用意して貰ったホットミルクを口に運ぶ。

(せっかく作ったチョコレートだけど、自分には苦過ぎて食べられない)

「ねぇオニキス。明日、もう一度溶かしてホットチョコレートを作ろうと思うの。どうかしら?」

(沢山の方が携って作られたものだから、無駄にすることは出来ない……)

「――その必要はない」

「珀明さん!?」

(いつ部屋に……?)

 さっきまで仕事をしていた珀明が部屋に居る理由が分からず、奏は困惑してしまう。

「お仕事はどうなさったのですか?」

(あんなに忙しくなさっていらしたのに……)

「終わった。片付けはレイヴンに任せて来た」

 ネクタイを緩めながら珀明はゆっくりと歩み寄り、テーブルに置かれたチョコの入った皿に手を伸ばした。

「あっ! それは失敗作なんです。見た目が良くなくて……。今日はバレンタインですから、生チョコを作ってみたんですけど」

(失敗作を見られるだなんて……)

 奏は気まずさから視線をオニキスに向けた。
 オニキスは膝の上で丸くなって眠っている。

 珀明は綺麗にラッピングされた箱を見て、目を細めた。

「そうか、ではこちらも頂いておこう」

「――え?」

 奏は驚き、珀明を見上げた。

(今、なんて……)

 珀明は驚く奏の顔を見て、口元に笑みを浮かべた。

「失敗作だとしても、お前が作ったものだろう? あぁ、折角だからお前に食べさせて貰おうか」

 そう言って皿からチョコを一つ摘んで口に運び、直ぐに奏の頬に手を移動させて顔を近づけた。

「……んっ!」

 唇が重なり、無防備に開いていた唇の隙間から舌が差し込まれる。

「あっ……、んっ!」

 舌と一緒に口腔にドロリと溶けたチョコを流し込まれ、その感覚に奏は身体を小さく震わせた。
 舌を根本から絡められ、その息苦しさに奏は喉の奥で呻く。
 一人で食べていたチョコは苦かった筈なのに、不思議と苦さを感じない。

「こうすれば、お前でも食べられるな」

 唇を解くと珀明は奏の耳元で低く囁き、奏はその言葉と耳にかかる珀明の熱い吐息に顔を赤らめた。
 珀明は奏の膝で眠るオニキスをソファーの空いている場所に移動させ、再び奏に唇を重ねた。

「あ……っ!」

 そのまま奏の背中と膝裏に腕を回し、珀明は奏の身体を持ち上げた。
 隣の寝室のベッドの上に奏の身体を下ろし、布越しに奏の胸に手を這わせる。

「んっ……!」

 今度は服の合わせ目から侵入した手で胸を揉まれ、もう片方の手でブラのホックを外される。
 ブラの下から二本の指で乳首をぎゅっと摘まれ、親指の腹で捏ねるように撫でられる。

「あんっ……あっ…っ!」

 胸の飾りを愛撫され、背筋が痺れるような感覚に襲われる。
 珀明はベッドに奏の身体を押し倒しながら、意地の悪い笑みを浮かべた。

「少し触っただけでもう尖ってきたな。随分と感度が良くなったじゃないか」

 ぷっくりと硬く上を向く乳首の反応を確かめるように、胸の一点のみを執拗に揉みしだかれ、奏は快楽から逃れるように身を捩った。



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