「テスト前日」長堀 千早



 最近、千早の回りに負のオーラを纏った人物が二人いる。
 一人は同じクラスの友人・霜月蓮。もう一人は父親である長堀信。

 ここ五日程、学校では友人が、自宅では父親が毎日溜め息をついている。

 学園から帰宅し、慣れた手付きで夕食の支度を始める。
 今夜のメインは、特売の大根を使ったぶり大根。他にはほうれん草のおひたし、鶏肉と茄子のピリ辛炒め、白米とわかめのお味噌汁。
 今朝の新聞の折り込みチラシを見て、今夜はぶり大根にすると決めていた。


「短縮授業さまさまだな。通常授業なら危なかったぜ。明日は残った大根でつみれハンバーグにでもするか。明日は河合肉店で合挽きミンチが百グラム五十円だし」


 これで今月の食費も予算内におさまりそうだと、おおよそ男子高校生らしくないことを考えながら上機嫌で干しわかめを水に浸し、大根を半月型に切っていく。

 黙々と料理を続けること四十分。フライパンの中にはピリ辛炒め、大きな鍋の中にはぶり大根。中くらいの鍋の中にはお味噌汁、小鉢の中にはほうれん草のお浸しが完成した。
 夕食の支度が完成し、後は信の帰りを待つばかり。


「親父が帰って来るまでニ時間くらいあるし、この間に明日の弁当の準備でもしとくか。帰って来てから弁当食えばいいし」


 テスト期間中は午前中で終わりだが、弁当を一人分作るのは面倒だ。
 どうせ家で昼食を食べるのだから、それなら自分の分も作って家で食べればいい。

 ダイニングテーブルに座り、テーブルの隅に置かれたボトルの蓋を開けてグラスに中身を注ぐ。ボトルの中身は朝仕込んだレモン水だ。
 一口飲めば、僅かにレモンの香りと味が広がる。


「あ〜、しっかしレンアイって意味分かんねぇな」


(溜め息つくくらいなら連絡取り合えっての)


 ここ数日の友人と父親の様子を思い出すと、自然と眉間に皺が寄る。
 他人の恋路に口を出すのはよくないことだとは分かっているが、いかんせんこのままでは自分にまで迷惑が及び兼ねない。
 否、二人が付き合っていることを知ってから、色々と迷惑を被っているのだが……


「俺もいつかレンアイとかしちゃうのかねぇ。俺が恋に落ちる相手、まだ生まれてもなかったりしてな」


 あっはっはと声を上げて笑うが、その声は虚しく室内に響く。


「……全っ然笑えねぇよ」


(親子揃ってロリコンとかシャレになんねぇ……)


 ロリータ・コンプレックスの人を否定するつもりはないが、実父がロリコンなのは正直勘弁願いたいところだ。
 自分の好みは今のところ年上の女性だ。特に包容力と母性溢れる大人の女性に惹かれる傾向にある。
 蓮に言わせればマザコンから来ている年上趣味らしいが、千早から言わせれば蓮もファザコンから来る年上趣味だ。


(結局は足りない物が欲しいんだよな……)


 千早には母親の愛情が――
 蓮には父親の愛情が――

 それぞれに足りないのだ。


「さて、明日の弁当の下準備でもするかな。夕飯の残りご飯で炒飯作って、おかずは鳥の唐揚げ、夕飯のピリ辛炒め、冷凍しておいた春巻きでいいか。野菜が足んねぇけど、下にキャベツの千切り敷き詰めときゃいいだろ。小さなタッパーに入れてもいいし」


 インターホンの音に、千早は作業の手を一旦止めた。弁当の下準備を終え、作り置き用にひじきの煮付けを作っていたのだ。

 時計を確認すると午後八時を少しまわったところだった。


(今日も落ち込んで帰って来るんだろうな……)


 ここ数日のまるで葬式かと思う程静かな食卓を思い出し、千早は溜め息を吐いた。
 二人の関係を知っていても、何があったのかを千早からは聞かない。それは二人の問題であり、千早には関係のないことだからだ。
 千早に出来ることは、信と蓮のどちらかが相談して来た時に話を聞き、出来る限り力になることだけ。

 玄関が開閉する音がし、程なくしてリビングに信が入って来た。


「ただいま、千早。いい匂いがするね。今晩は何だい?」

「おぅ、お帰り。お疲れさん。今晩のメインはぶり大根。明日の昼メシは中華三昧だぜ」


(あれ? 何か親父機嫌いいな……)


 今の信は、ここ数日とは違う雰囲気を纏っていた。


(仕事で何かいいことでもあったのか? 難しい案件が片付いたとか)


「ぶり大根か、久しぶりだね。では日本酒にしようか」

「了解。熱燗(あつかん)だろ? 準備しとくから着替えて来いよ」

「そうさせて貰おうか。有難う、千早」


 洗面所へと向かう信に告げ、料理を温め直す。
 料理と熱燗をテーブルへと並べ終えた頃、着替え終えた信がやってきた。


「テスト前なのに済まないね。面倒なら店の惣菜でもいいんだよ?」


 向かいの席に座った信にお猪口(おちょこ)を手渡し、徳利(とっくり)を傾けて酒を注いでやる。


「気にすんなって。テスト期間中は午前中までだから、平日の夕食はいつも通り作れる。息抜きになるし、その方が経済的だろ。その代わり、土日は三食親父が作れよな」


 ニヤリと笑って言えば、途端、信が困ったように眉を八の字に下げた。


「千早、金曜日の夕食から日曜日の朝食まで作り置きの料理では駄目かい?」

「作り置きだぁ〜? 言っとくけど、売ってる惣菜ならいらねぇからな」


 風邪や特別な日以外は食事を作るのが千早のポリシーだ。
 売っている惣菜は濃い味付けの物が多く、また添加物が心配なので好きでは無い。
 信が店の物を買って来るくらいなら、休日だろうが自分が食事を作った方がマシだ。


「出来合いの物では無いよ。実は金曜日に有給を取っていてね。夕食に千早の好きなスコッチドエッグと生ハムの野菜巻きを作っておくよ。他にも茄子の挟み揚げや青椒肉絲を作って冷蔵庫に入れておくから、土曜日に食べてくれるかい? 冷凍庫には二週間前に作ったミートソースが入っているから、作り置した物で足りなければパスタかラザニアを作るといい。ちゃんとホワイトソースも冷凍庫にあるからね」


 どれも千早の好物である。スコッチドエッグは作るのに手間が掛かる割りに、食べ始めれば直ぐに無くなってしまう為、自分では滅多に作らない。


(こりゃ間違い無く霜月絡みだな。大方デートって感じか)


 恐らく、それが今日機嫌が良い理由なのだろう。
 そうでなければ、こんなにも好待遇な筈が無い。


「霜月とデートなわけな。ま、いいぜ。楽しんで来いよ。霜月には負けるつもりは無いから、慰めデートになるかもだけどな」


 テストは大体、テストあけの最初の各授業でテストが返却され、教師による解説が行われる。
 しかし、SP組は生徒の出席率の関係から、テスト最終日のHRには回答と解説が書かれたプリントと共に、採点されたテストが返却される。

 前回の学力試験では千早が蓮に合計得点で三十一点差で負けてしまったのだ。


「それはどうだろうね。今回の蓮は、いつもよりもやる気満々のようだよ」

「んだよ、やけに霜月の肩持つじゃんか」


(実の息子よりも恋人の方を応援する親ってどうよ……。ま、今更か……)


 にこやかに蓮の話をする信に、千早は呆れたように方を竦め、器を持って味噌汁を啜った。


(うん、今日も美味い。やっぱ味噌汁は定番のわかめと豆腐だよな)


「今回の蓮のテストの成績が千早よりも良かったら、蓮の行きたがっていたイタリア料理の店に連れて行ってあげる 約束をしたんだよ」

「―――ぶっ!! げほっ! っぶふっ! なっ……、はぁぁ!?」


(今、この親父何つった!?)


 耳を疑う発言に、口に含んだ味噌汁が可笑しな形で気管に入ってしまう。
 盛大に咳き込みながらも、聞き間違いであって欲しい。今、目の前に座る父親は一体何と言ったのだろうか。


「大丈夫かい? 千早。ほら、ちゃんと拭きなさい」


 言葉と同時に、信がお拭きを手渡してくれる。


「あ、ああ……サンキュって、ちげぇよ! 何つったよ今!」


 味噌汁で汚れた口元とテーブルを受け取ったお手拭きで拭いながら食らいつくように問えば、信があからさまに呆れた顔を見せた。


「何って、ちゃんとテーブルと汚れた口元を拭きなさいと言ったと思うがね」

「その前だっつの! お手拭の礼は言っただろうが!」


(何で俺が「少し前に言ったことも覚えていないのかい?」みたいな目で見られなきゃなんねーんだよ!)


「お前はさっきからどうも落ち着きがないね。何をそんなにカリカリしているんだい? 蓮に千早よりも成績が良かったら、イタリア料理の店に連れて行くって約束をしたんだよ。だから、今回ばかりは蓮も張り切っているようだよ。お前も頑張りなさい」

「イヤイヤイヤイヤ、俺をイタメシ屋に連れて行けよ! 普通子どもをご褒美に誘うだろうが!」


 蓮と付き合うようになってから、だんだん信が自分に冷たくなって行っていく気がしてならない。
 もう高校三年生なのだから、いつまでも過保護なままでいられても困るが、これもどうなのだろうか。


(変わったっつーか、案外こっちが本物なのか? 母さんが生きてた頃はテストで良い点取れたら手作りプリンをご褒美に貰えたっけ……)


 何故か両親はテストで良い点が取れないとプリンを作ってくれなかった。
 当時はプリンが大好きで、それを家族三人で食べるのが好きだった。プリンを食べたいが為に頑張って勉強していたようなものだった。
 その内に千早の甘味の好みが変わって作られなくなったが、今となっては懐かしい思い出だ。


「連れて行くも何も、お前は外食は不経済だからって嫌っているだろう? 食べたければ蓮に勝つことだね。もし負けても、前よりも順位が上がっていれば連れて行ってあげるよ」

「いいぜ。今の言葉忘れるなよ。絶対霜月を負かしてやるからな!」


 そうと決まれば腹ごしらえだと、勢い良く食事を再開させた千早を包み込むような眼差しで見つめ、信はゆっくりと徳利を傾けた。


(やはり千早のやる気を出させるには蓮が一番のようだね。これで二人の成績が上がったら、今度は二人を何処か美味しい店に連れて行ってあげよう)



*END*

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