「七夕〜古川家の場合〜【その後】」義皇+珀明+レイヴン
七月七日――夜
イタリア語で“深海”の意味を持つ『abisso』と言うバーの個室に、義皇・珀明・レイヴンの三人の男達は集まって居た。
この集まりの始まりは、今から二時間前にさかのぼる。
夕方になってやっと背中の痛みがマシになった義皇は、沙羅達を追いかけて北泉家へと向かった。
チャイムを押す前に何気なく向かいにある実家を見ると、照明が全て消えていた。どうやら外出しているらしい。
(チッ。息子の一大事だっつーのに、外出かよ。いいご身分だよな)
一人息子が家を出て行ったら両親は普通は寂しがるものじゃないのだろうか。
自宅から実家は近いと言うのに、GWやお盆、正月以外に家に行くと何をしに来たのだと迷惑そうに出迎えられる。
結婚もし、独立した身なのだから頻繁に実家に行くべきではないと分かってはいるのだが、あからさまな態度は勘弁して欲しいものだ。
(どーせまた二人で旅行にでも行ってんだろ。定年夫婦は暇人で良いよな)
自分と沙羅とは違い、仲の良い両親を逆恨みしつつ、北泉家のインターフォンを押す。
インターフォンには沙羅の母親が出た為、てっきり玄関にも彼女が出てくるだろうと思っていたのだが、中から聞こえて来る「はいはい」と言う女性の声は、義皇にとってとても聞きなれたものだった。
「あら、私と同じ古川さんって仰るからどなたかと思ったら、いつぞやに我が家に押し掛けて来た青年じゃないの。今日はどんなイチャモンを付けに来たのかしら?」
「――おまっ! ふざけんじゃねーよ! 他人扱いすんな! 俺はオメーの息子だって言ってんだろが!」
(何で母さんが沙羅ん家に居んだよ!)
玄関から現れたのは、てっきり父親と外出していると思っていた義皇の母親だった。
「やぁねぇ。だから何度も言っているじゃないの。私には息子なんて居ないのよ。居るのは娘と孫だけ。思い込みが激しいと日本語も通じなくなるのね」
「だから、思い込みが激しいのはお前だっつの! いつ娘を生んだよ! 生んだのは息子だろが! 日本語が通じねぇのもそっちだろ!」
「あーもー、うるさいわねー。ご近所の皆様に迷惑じゃない。ちょっと皆〜、助けて〜。ヨソの子が煩いの〜」
両手で耳を塞ぎ、母親は家の中に向かって助けを求めた。
「誰がヨソの子だ! 人の話を聞けー!」
その後、玄関先にやって来た父親と沙羅の両親に「次来たら警察を呼ぶわよ。早く家に帰りなさい」「私達の娘と孫は君のことを知らないと言っている。勿論私達も君のことを知らないよ」等と言われ、ほとぼりが冷めるまで引き下がるしかなかった。
一人で家に帰る気にもなれず、レイヴンに連絡して三人で呑みに行く約束を取りつけたのだった。
「――で、それで義皇はまた沙羅女史と凪君に家出をされたってわけですか。全く、救いようのない馬鹿ですね」
大して長くもない事のあらましを聞き終わったレイヴンの第一声は、義皇を哀れむものでも励ますものでもなかった。
(……男の友情って儚いもんだよな)
「……凪は家出してねーよ。沙羅に無理矢理連れて行かれただけだし」
向かいに座るレイヴンの呆れた顔から視線を逸らし、チビチビとマティーニを飲む。
「凪は新しい服とグラタンに嬉々として着いて行ったんじゃなかったのか? おまけに、大人達に従ったのかもしれないが、お前のことを知らないと言った時点で見限られたようなものだろう。それに、結婚話は北泉の逆鱗だ。学習能力のない奴だな」
「うるせいやい。おばさんのグラタン美味いから仕方ねーんだよ。それに、結婚話ならお前等も共犯じゃん。俺だけを悪者にすんなよ」
沙羅との結婚――、あのエイプリルフールの婚姻届の提出にはレイヴンと珀明も一枚噛んでいたのだ。
――否、正確には義皇に気づかぬ内に嵌められてしまっていたのだが。
それを指摘すると、二人がカッと目を見開いた。
「誰が共犯だ! お前のせいだろう!」
「そうだ! 寧ろ俺達は被害者だろ! 親友から詐欺に合うとは思わなかったよ!」
顔を歪めて怒鳴る二人に、どうやらこの二人にも、あのエイプリルフールの日の出来事は禁句だったらしいと今更ながらに気付く。
(やっべぇ。マズッた……)
「んだよ、何年も前の話じゃんか。エイプリルフールだったし、そう目くじら立てんなって。もう時効だし謝ったじゃん。つかレイヴン、口調が素になってんぞ」
ハハハと乾いた笑みを浮かべ、気持ち明るい声を出すが空気は最悪だ。
「もう過ぎたことですから良いですけどね。次はありません。私を失望させて、縁を切らさないで下さいよ」
「同感だ。もう二度と口にするな。お前のせいで友人を失うのはごめんだ」
「へーへー。お前等も俺よか沙羅の方が好きだもんな」
沙羅は口も態度も悪いが人気者だ。沙羅と犬猿の仲のレイヴンでさえ沙羅の味方をするのだから、全く……本当に男の友情と言うのは儚い。
「どーせ俺は詐欺師男ですよ。家族にも親友にも嫌われるような男だよ」
行儀悪くテーブルの上に頬を乗せ、唇を尖らせて言えば、プッと笑い声が聞こえた。
「だから貴方は馬鹿だと言うんですよ、義皇」
「誰も北泉だけとは言っていないだろう」
笑いを含んだ言葉に義皇はムッと顔を上げた。
「どーゆー意味だよ」
「私は、縁を切らさないで下さいって言ったんですよ。つまり、言い換えれば縁を切りたくないって意味に取れるでしょう? どうして気が付かないんですか」
「友人を失うのはごめんだと言っただろう。騙されていたとは言え、私は再び北泉を傷つけて失うのも、北泉の味方をしてお前を失うのも避けたいと言う意味で言ったんだ」
「あ……」
言葉のままに受け止めていたから気が付かなかった。
彼等は普段、そんなことを口にしないから。
だから、こんなにも嬉しい。心が弱っていたから尚更―――
ジワジワと少しずつ、胸の中に熱が広がって行く。
「ううぅ〜。何だよ、お前等急に優しいじゃんか〜。もう男の友情は儚いとか、ヤローのダチは駄目だとか思わないからなぁぁぁ!」
夕食も食べずに空きっ腹に酒が入ったせいで、いつもより酒が回るのが早かったようだ。
テーブルに身体を乗り出し、レイヴンと珀明の手を両手で掴み、ワンワンと泣きながら義皇が叫んだ。
「思ってたのか……。と言うか、取りあえず早く手を離せ。そして泣き止んで涙を拭え」
「やっぱりこの人は、幾つになってもお馬鹿さんですね。相変わらずの泣き上戸。鬱陶しいことこの上ないですね」
こうして、男達の七夕の夜は更けていくのだった。
*END*
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