「七夕〜古川家の場合〜」(七夕企画)
このお話は、珀明の親友・沙羅と義皇+一人息子の凪の七夕企画小説です。※珀明達は出て来ません。




 七月に入り、息子の凪が幼稚園から笹を貰って来た。
 
 笹には折り紙で作った七夕飾りが付けられており、凪の書いた青色の短冊も吊るされている。
 クレヨンで力一杯書いたであろう短冊は、読みとるのが少々難解だ。


(子どもの字って無駄にデカくて読みにくいんだよな〜。歌も『歌う』っつーより『叫ぶ・怒鳴る』だし)


「え〜、なになに……、“おかあさんが おとうさんに もっと やさしくなりますように”……って、何じゃこりゃ!」


(普通、子どもなら何ちゃらレンジャーの秘密基地セットが欲しいとか、玩具の名前書くんじゃねーのかよ。何だよこの沙羅が俺にもっと優しくなって欲しいってのは……)


 確かに、沙羅は義皇に優しくない。そばに寄れば露骨に嫌そうな顔をするし、毒舌だ。
 出会ってから早今年で二十八年、結婚して五年目。心が折れそうになった回数は両手両足の指では到底足りない。

 元々騙し討ちに近い形で結婚へと持ち込んだだけに、無下にされても強く出ることなど出来る筈もなく……


「やっぱエイプリルフールにプロポーズして婚姻届け書かしたのはマズかったか……。沙羅の性格からして『そんな嘘には騙さないぜ。乗ったフリして返り討ちにしてくれるわ』ってサインするだろうと思って、プロポーズが嘘って嘘ついただけだし、婚姻届けは出さないって嘘ついて役所に提出しただけだし。午後にはちゃんと嘘を打ち明けたし。うん、やっぱ俺は悪くねぇ―――ンギャッ!!」

「死にさらせや、こんの詐欺師が!」


 「うん、自分は悪くない」と頷いた所で、声と共に突然背中に衝撃が走った。
 予期せぬ事にロクに受け身も取れず、フローリングの床に無様にも倒れ込む。
 
 痛む背中を擦りながら、義皇は恐る恐る後ろを振り返った。
 そこには腕を組んで仁王立ちをした沙羅が立っていた。

 眉に寄せられた皺。黒い双眸が冷酷に義皇を見下ろしている。


「さ……、沙羅……おまっ、凪と買い物に行った筈じゃ……」


 沙羅はつい先ほど、幼稚園から帰宅した凪を伴って夕食の買い出しに出掛けた筈だった。それが何故、ここに居るのだろうか。


「行きにポストに出す郵便物忘れたから取りに帰って来たんだよ。それがお前は何だ? 笹見ながら過去の悪行を告白か? しかも自分は悪くないだぁ? なぁ義皇、寝言は寝て言うもんだぜ? まぁ、言った瞬間濡れタオルで口と鼻を塞いでやるけどな」

「ぬ……、濡れタオルって、俺を殺す気か!?」


 義皇の言葉に、沙羅は冷たく笑った。


「したいんだけどさ、アンタの為に人生棒にするのは馬鹿らしいだろう? だから上手くヤれるように色々と考えてみるから、楽しみに待ってろよ」


 酷く楽しそうな口調で恐ろしいことをサラリと口にする沙羅に、義皇の喉が小さく鳴った。


「色々ってナニ!? 楽しみなんか出来る訳ねーだろ!」


(怖くて今日から夜も眠れねーわ!)


 まだ梅雨でエアコンもかけていない部屋はジメジメと蒸し暑いと言うのに、背中には悪寒が走る。
 これが風邪の前兆なのか身の危険を知らせる合図なのか、義皇には分からなかった。


「かあさん、はやくいかなきゃタイムセールおわっちゃうよ」


 沙羅の後ろから幼い子どもの声が聞こえる。

 義皇は気がつかなかったが、どうやら息子の凪はずっと沙羅の後ろに居たらしい。
 沙羅は後ろを向いてしゃがみ込むと、凪の頭を優しい手つきで撫でた。
 そこには先程まで義皇に向けていた冷ややかな瞳はなく、包み込むような温かな瞳があった。


「あぁ凪、ごめんごめん。そうだな。こんな馬鹿に付き合ってる暇なんかないんだった。凪、今日から暫くお祖母ちゃん家にお泊まりしようか。デパートで新しいお洋服を買ってやるよ」

「ほんとぉ!? おばあちゃんちにおとまり! おばあちゃんのマカラニグータンたべたい!」

「“マカラニグータン”じゃなくて“マカロニグラタン”な。んじゃ、材料買ってって作って貰おうな」

「チョイマチお前ら! 平日から数日間のお泊まりなんて何考えてんだ! 凪、そんなのお父さんは許さねーからな! お母さんが俺に優しくなって欲しいんだろ? お父さん、お母さんに苛められてるんだぞ!? お父さんに優しくなるようにお母さんを一緒に説得してくれるよな、な?」


 このまま見送れば数日どころか、そのまま一ヶ月は帰って来ないだろう。
 迎えに行っても沙羅の両親に門前払いを食らうが落ちだ。
 そして北泉家の向かいにある義皇の実家にまで話は知れ渡り、両親は沙羅達の味方について義皇を叱責するのだろう。


(一度経験済みなだけに二度目は避けたい。もうあんな思いはごめんだ……)


 沙羅を説得する間、実家に泊まろうと向かえば、玄関に現れた母親に「あら、どちら様かしら? 残念ながらうちには子どもは女の子一人しか居りませんの。え? 男の子が居ただろうって? えぇ、男の子なら四歳になる孫の凪が居りましてよ」と冷ややかに言われ、家に帰ってから暫く立ち直ることが出来なかった。

 父親にまで「ウチには娘と孫しか居ないよ。君が誰かは知らないが、早く家に帰りなさい」と言われたのだ。
 あれは去年の冬の話だったなと、今思い出すだけでも悲しくなる。

 存在を否定される扱いはされたくない。
 それには何としても沙羅を止めなくてはならない。義皇はすがるような目で凪を見つめた。

 凪は呆れたように肩をすくめて口を開いた。


「No,tough shit.(自業自得だよ)」


 何故英語で答えたのかは分からないが、完璧な発音だ。昨今では幼稚園でも英語を教えるらしく、凪もよく家で習って来た英語の歌を歌っている。
 英会話が身について行くのは親としては嬉しいのだが、今の言葉は頂けない。


「こら凪、“shit”なんて下品な言葉を使うんじゃない! 何処で習って来たんだ。せめてYou deserve it.(自業自得)って言え!」

「あぁ、凪ってまだ自業自得って言葉難しくて喋れないのか。けど、発音はバッチリだし偉いじゃん。次はFuck you! って言ってみな。これは“くそったれ!”って意味な」

「って、下品な英語教えてんのはオメーかよ! 母親が何してんだ!」

「ふぁ……ふぁっきゅー? Fuck you……? Fuck you!」

「凪、お前もそんな言葉覚えちゃいけません!」


 意味をきちんと理解して居ない凪が沙羅の真似をしてニコニコと暴言を口にする。
 義皇が言ったなら間違いなくボコボコにされるだろうが、沙羅は「よく言えたな」とグリグリと頭を撫でてやっている。


「イチイチうるせー男だな。ほら、あんなバカ男はほっといて行こうか。早くしないとマカロニグラタン食べれなくなっちゃうからな」

「マッカラニ〜! マッカラニ〜!」


 キャイキャイと嬉しそうに跳び跳ねる凪の右手を掴み、沙羅がリビングの出入り口へと向かって行く。


「だから待てってコラ! 沙羅! 凪! ィテ――!!」


 追い掛けようと身体を動かすと、先ほど沙羅に蹴られた背中が激しく痛んだ。
 痛みで動くことも出来ず、必死に二人を引き止めるが目の前で無情にもリビングの扉は閉ざされた。

 義皇がマトモに動けるようになったのは、それから一時間後。
 沙羅と凪が義皇と共に家に帰って来たのは、凪の夏休みも終わる八月最後の日だった。



*END*

→その後


その後 過去拍手TOP