「第二話 籠の鳥」(2)
「どうして……、会社はどうなさったんですか?」
「社長は私だ。会社などどうとでもなる。お前が朝、私を見送らなかったのでな……」
奏に歩み寄りながら、珀明は言う。
奏は無意識に、珀明からジリジリと後退り距離を取った。だが、珀明の歩幅の方が大きく、直ぐに距離を詰め寄られてしまう。
「あっ……!」
クイッと奏の顎を指で摘み上げ、珀明はニヤリと笑った。
「仕置きする為に帰って来た」
何の感情も浮かばない冷たい瞳で見つめられ、怖くて声を出すことができない。
「ナァーウ、ナァーウ……」
腕の中の子猫は、珀明の纏う気配を敏感に感じ取ったのか、小さな体で懸命に珀明に向かって唸る。
「邪魔だな」
「ナァッ!」
珀明が子猫に手を伸ばすと、子猫は爪で手の甲を引っ掻いた。
「―――っ!」
それに怯まず子猫を掴むと、葉月に子猫を投げ付けるように手渡した。
「連れて行け」
冷たく言い放たれた言葉。
葉月は一礼し、子猫を抱えてバルコニーから出て行った。
「待って下さい。その子猫どうなさるんですか!」
「我が敷地に忍び込み、あろうことか私の手に傷を負わせた。どうなるかは……分かるだろう?」
(まさか……)
最悪の事態が頭を過る。
(生まれてからまだ間もないのに……)
「あんな子猫を……、そんなの酷すぎます! お願い、待って下さい葉月さん」
葉月を追い掛けようとすると、グイッと腕を後ろから捻り上げられる。
「きゃっ……!」
「誰が追い掛けて良いと言った?」
『お離しなさい!』
キッと珀明を睨みつけ、言霊を使う。
しかし、捻り上げる力は弱まるどころか一層キツくなった。
「いっ、……た!」
「『奏』であるお前が知らない筈は無いだろう? 言霊は当主には効かない」
(当主に言霊は効かない……。当主は一族を統べる存在だから―――)
「仕置き決定、だな」
ことさら楽しそうに、珀明は囁いた。
***
「……ひゃっはぁっ、……あっ、あっぁっ!」
奏は昼間からベッドの上で足を大きく開かれ、与えられる快楽に首を振って耐えていた。
明け方近くまで抱かれ続けた身体は、まだ膣内が柔軟で珀明の屹立に熱く絡みついてくる。
「ん、んぅ! はんっ……ぁんっ!」
珀明が腰を動かす度、膣内に挿入された楔がドクドクと脈を打ち、嵩を増していく。
「いや、あぁっ……。はくめ……ふぁっ、……あぁっ!」
深い抜き差しに、身体が無意識に擦り上がりそうになる。
「あぅっ……、あぁんっ!」
珀明は片手で肩を押さえ込み、更に深みを抉った。
既に知り尽くされた弱点を重点的に攻められる。
「あぁっ! ……も、やぁ……ふぁ!」
「もう降参か? 私に逆らうからこうなるんだ」
まるで、子どもに言い聞かせるような言葉。
珀明はいつも言葉で人を支配しようとする。きっと珀明にとって、奏が『奏』だという以外に価値など無いのだろう。
(あの子猫のように……)
連れて行かれた子猫のことが脳裏を過ぎる。
「貴方なんて……、だいきら……あぁ!」
激しく腰を打ち付けられ、奏は悲鳴を漏らした。
「まだまだ仕置きが足り無いようだな」
「あっ! あっ、はぁっ……ふぅっ、んんっ!」
まるで罰を与えるように、猛々しい雄で最奥を抉られる。
ズプズプと結合部が音を立て、珀明の先走りと愛液が混ざり合い、泡立つ。
「あぁ、……ああぁぁ!」
容赦の無い攻めに、ビクンッと奏の身体がしなる。
珀明は奏の白い喉元に噛み付くようなキスを落とし、最奥で欲望を解き放った。
ほんの七時間前に同じように最奥に精液を注いだのにも係わらず、ドクドクと断続的に放出される精液。
流石に体力の限界か、奏は放出される感覚に耐えながらも、疲労の睡魔に誘われ眠りに落ちていった。
***
「ナァ〜ウ……、ナァ」
近くで何かの鳴き声が聞こえ、奏は目を覚ました。
(何……?)
重い瞼を持ち上げ、ボヤけた視界の先に見えるのは見慣れた天井。
瞬きを数回繰り返すと、視界と意識がハッキリしてくる。
腹部に僅かな重みを感じ、奏は身体を起こした。
「どうして……」
目の前には、珀明の命によって葉月に連れて行かれた子猫がちょこんと座っていた。
子猫の小さな首には、青色の宝石が嵌め込まれた深緑色の首輪が付けられている。
(何故この子が……、ここに居るの?)
「起きたか……」
ソファで紅茶を飲んでいた珀明が、奏の方を見る。
「あの……この子、葉月さんが連れて行ったんじゃ……」
子猫を両手で抱き、戸惑いながら尋ねた。
『どうなるかは……分かるだろう?』
(珀明さんはあの時、この子を処分するように言っていたのに……)
「あれは獣医の下に連れて行かせただけだ。まだ子猫とはいえ、どんな病気を持っているか分からないからな」
ただ事実だけを告げる、淡々とした口調。
しかし、自分に怪我を負わせた子猫を獣医に診せたことが、奏には意外だった。
(もしかして猫が好き、なの?)
その表情からは、珀明が猫を好きなのかどうかは分からなかった。
「猫……、お好きなんですか?」
「いや、生き物は好きではない」
話を切り上げるように、珀明はソファから立ち上がった。
「では、どうして子猫がここに? 首輪まで……」
(意味が分からない……)
何故珀明は好きでもない子猫を屋敷内に置いておくのだろう。
ドアの近くまで歩いていた珀明が、奏の言葉に足を止めた。
「……お前が笑っていたからな」
「え?」
珀明の言葉は小さすぎて、奏に届くことは無かった。
「いや。たかが猫一匹を処分するのも面倒だからな。お前が世話をしろ。必要な物は葉月が用意している。それと言霊の件だが、それはもう必要ない」
それだけ言うと、珀明は部屋から出て行った。
猫が嫌いなのに、処分が面倒だからと屋敷で飼うと決めた珀明。奏にはさっぱり意味が分からなかった。
「ね、貴女の名前、どんなのがいいかしら?」
「ナァ〜?」
子猫の顔を見つめ名前を考える。
真っ黒な毛並みと、紫がかった青色の瞳が印象的な雌の子猫。
「貴女の名前、瑪瑙(めのう)はどうかしら?」
「ナァ!」
その呼び名が気に入ったように、子猫が鳴いた。
「仲良くしてね。瑪瑙……」
―――『瑪瑙』
それは、『奏』の名を受け継ぐ前の、奏の名前と同じもの―――
「第二話 籠の鳥」終
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