『White day』Side珀明(3)
***
「本当はさ、俺もだけど沙羅はお前をずっと心配してたんだぜ」
カウンターで服を包装しながら、義皇はまだアクセサリーケースの前に居る沙羅達に視線を向けた。
「北泉が? ドレスにキレてただけにしか見えなかったが」
(ナイフを投げて心配はないだろう……)
珀明も同じように沙羅に視線を向けると、電話でもかかってきたのか沙羅が胸ポケットから携帯電話を取り出しているところだった。
「あいつも倉橋と一緒で素直じゃねぇからな。だって倉橋の為に作ったドレスを引き裂かれたらキレるだろ。俺や他の奴らも落ち込んだけどな」
義皇の言葉に、以前瑪瑙の言っていた言葉を思い出す。
『物には、贈り主の想いが込められているから……』
物には作り手の想いも込められているということ。
機械を使わない手作りなら尚更、作り手の想いも強い。
だが追い込まれていた自分は、そんなことにすら気が付かなかった。
「けど、沙羅は気にしてたぜ。結婚を決めた時も式の時も、お前がピリピリしてたから。何か抱え込んでるって。だから今日、俺も倉橋を見て安心した」
「―――っ!?」
見抜かれていたのだ。
葉月やレイヴン以外の家人にも、社員にも気付かれてはいなかったのに。
学生時代ならともかく、卒業してからは会う機会が減ったのにも関わらず。
「すまない……」
自然に出た謝罪の言葉に、義皇は目を丸くした。
自分達の知る珀明には、謝罪など絶対に有り得ないことだったからだ。
―――お前の大切な人は、お前を変える良い風になったみたいだな……
義皇や沙羅、レイヴン達には、出来なかったことだ。
「過ぎたことだ。次からは気をつけてくれ。じゃないとまた、沙羅が暴れるからな」
いつか、お前が以前のように笑う日が、来るかもしれない。俺達には向けられなくても―――
「ちょっとアンタ達、のんびりしてる場合じゃねーよ! まぁ、あたしは構わないけどさ」
いつ通話を終えたのか、カツカツとヒールの音を響かせて、カフスを見ていた沙羅とレイヴンが此方へやって来る。
「のんびりって、何か問題でも起きたのか?」
「そうそう。今からチビッコ魔女が来るんですよ」
おちゃらけたようなレイヴンの言葉に、義皇と珀明は固まった。
「あんの悪魔が……」
「堕希(だき)か……」
沙羅達と同じく、学生時代の友人・氷済堕希(ひょうずみ)。
聖末学園を経営する小鳥財閥の一人娘にして、現氷済財閥の社長夫人。
小鳥家の血か年齢不詳、老いを知らぬ美しい容姿。異国の血の混じる、透けるような金色の髪。
「アンタ達、早く帰った方がいいんじゃねーの?」
堕希は家族と沙羅以外の者には冷たく、気に入らない相手は容赦無く家の権力で捩じ伏せる。
学生時代、沙羅を追い回すゴシップ記者が所属する出版社を圧力をかけて倒産に追いやったことはまだ記憶に新しい。
「堕希が来れば面倒だ。北泉、レイヴンの物と合わせて清算を」
財布からクレジットカードを取り出し、沙羅に差し出す。
「ん」と沙羅は受け取ったカードを通し、カードを珀明に返して品物をレイヴンに押し付けた。
そして、レイヴンに極上の笑顔を向けながら言った。
「あっれ〜? 自分で買わずに珀明に買って貰うだなんて、そんなに秘書様のお給料は安いのかよ? あぁ、それとも実は浪費家だったんだ?」
「心外ですね。これは今日の付き添い料ですよ。そんな発想しか出来ないなんて、発想力と心が貧しい証拠ではないですか?」
レイヴンも微笑んでバッサリと切る。
「…………」
「…………はっ!!」
―――ドカッ
「―――いっ!」
「……ケッ!! とっとと帰れ!」
互いに無言で微笑み合っていたが、沙羅はレイヴンに足蹴りを食らわし、ふんっと腕を組んで睨みつけた。
「さて、俺も帰ろ……。家に凪が一人だし……グッ!!」
「テメーは残んだよ!」
便乗して帰ろうとする義皇の腹部に、沙羅の鉄拳が入った。小さく呻き声を上げ、床に崩れる義皇。
(古川も堕希が苦手だからな……)
「……いい音がしましたね」
どうやらレイヴンにはある程度手加減をしていたらしく、崩れた義皇を沈痛な面持ちで眺めながらレイヴンが言った。
「バカはほっといて、見送ってやるから早くしな」
義皇を無視し、沙羅はレイヴンと珀明を追い立てるように背中を押す。
「では、先に荷物を車に運んでおきます。沙羅女史、古川に宜しくお伝え下さい」
店の出入り口で、先にレイヴンが荷物を持って店を出て行く。
「では、世話になったな」
「あぁ、別に気にすんな。また来なよ」
別れの言葉と共にドアノブを引いた所で、後ろから声を掛けられる。
「なぁ珀明、アンタに良い風が吹いたようだな」
振り返れば、そこにはどこか安心したような表情の沙羅。
「心配したか?」
「ふっ……。義皇か。心配は勝手にするもんだろ。珀明が気にすることじゃねーよ」
その沙羅らしく屈折した答えに珀明は口元を緩めた。
それは逆に言えば“勝手に心配されていろ”と言うこと。
(この可愛げの無さと筋金入りの意地っ張りは何年経っても変わらないな……。これでは古川も苦労する)
「そうか。なら心配されていよう。それは私の勝手なのだろう?」
その言葉と共に珀明は今度こそ店を後にし、その背中を沙羅は扉の硝子越しに見送った。
「まったく……、以前のアイツからは考えられない言葉だな」
少しずつ確実に変わって行く友人が、嬉しくもあり同時に悲しくもある。
これが大切な人と友達の差なんだろうか。
それでも―――
「そんなアンタだから、今でも友達なんだよ……」
扉越しに囁かれたその言葉は、珀明にも誰にも届くことはなかった―――
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