『White day』Side珀明(2)
「そうですか? 俺は赤詐欺よりも青詐欺の方が興味ありますよ。億単位の金を動かすわけですし」
赤詐欺は結婚詐欺、青詐欺は会社や不動産を相手にした書類詐欺を指す。
火花を散らす二人に、珀明は溜め息をついた。
(まぁ、確かにこいつには詐欺師も向いているかもしれんが……)
「北泉、お前では話にならん。古川を出せ」
いつまでも2人の掛け合いを眺めているわけにもいかず、珀明は本題を切り出した。
「はぁ? あたしじゃ話にならんってどうゆ……んんっ!?」
珀明の言葉に腹を立てた沙羅は眉間に皺を寄せ口を開いた。
しかし、言葉半ばで背後から伸びてきた手によって口を塞がれてしまう。
身長は珀明と同じ百八十センチはあり、髪は黒に近い青色。
服装は黒いハットにジャケット。ジャケットの中には白いシャツにスカルのワンポイントが入った赤いネクタイ。
そして拘束具のようなベルトの巻かれた黒いパンツ姿の男。
沙羅の夫、義皇だ。
沙羅の口と両手を拘束した義皇は、珀明達に苦笑しながら言葉を紡いだ。
「悪いな、二人とも。『麗-REI-』の三月号の服だろ? こっちに来てくれ」
そう言って、義皇は暴れる沙羅を引き摺りながら店の奥へ進んでいく。
「あいつも相変わらず大変だな」
「懐かしい光景ですね。やっぱり沙羅女史を扱えるのは義皇だけですよ」
義皇をまるで猛獣使い扱いするレイヴンの言葉に、珀明は目を細めた。
(……上手いことを言う)
学生時代、正義感故に暴走してしまう沙羅ともう一人の女子生徒を止めるのは義皇の役目だった。
珀明は珍しく笑いを堪えながらレイヴンと共に義皇の後を追った。
「これだ。一応雑誌にも目を通してくれ」
差し出された雑誌を受け取り、珀明はトルソーに掛けられた服を見た。
淡いピンクの花柄のワンピースだ。
胸がシャーリングになっており、肩はリボン紐。裾には白いレースがあしらわれている。
「綺麗ですね、きっと奏様にお似合いですよ」
レイヴンの言う通り、春を思わせるこの服は瑪瑙によく似合うだろう。
「あぁ、ではこちらを貰おう」
「サイズはMだったな。今準備する。沙羅、もう暴れるなよ」
未だ腕に拘束していた沙羅に、義皇はキツく言いつける。
それはまるで、駄々を捏ねる子どもに言い聞かせるように。
「ん〜っ! んぅ〜! ……ん、ほんほ?」
そして尚も暴れる沙羅に、義皇が何かを耳打ちすると沙羅はレイヴンと珀明を見てニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「……あれはろくでもないこと考えてますよ。何言ったんでしょうね、義皇」
「あぁ、まぁ大方想像できるがな」
義皇が奥の部屋に去ると、沙羅は先程の洋服の掛かったトルソーの横にある紳士服を指差した。
「これさ、このワンピースに合わせて作った紳士服」
片方の裾が長い黒いジャケットとパンツ。袖には金色の飾りボタンがついている。中にはグレーのシャツ。
雑誌では先程のワンピースを着た女性モデルがアンティーク調の飴色の椅子に座り、その後ろにこの服を着た男性モデルが装飾の施された杖を持って立っている。
「まぁ、あの屋敷ではしっくりくる服装ですね。せめてもの救いは雑誌のゴテゴテしたシャツではないところですか」
雑誌と実物を見比べながら、レイヴンがつぶやいた。
「失礼な。ファッション雑誌は目立ってナンボだろ。で、珀明。どうせならこれお姫様と一緒に着なよ。似合うよ? 一見派手だけど、シャツ替えれば普段使い出来るし」
確かに、素材もデザインも珀明の好むものだ。
沙羅は無言でいる珀明にニヤリと笑い、「決まりだな」と義皇の消えた扉に向かって衣装の追加を伝えた。
沙羅も珀明の表情を読むことのできる人物の一人だ。
彼等は高等部時代に変わってしまった珀明を受け入れてくれた人物でもある。
「そうだレイヴン、アンタの好きそうなカフス入ってるよ。珀明、義皇が来るまで椅子に座って待ってろよ。服見ててもいいからさ」
沙羅は窓辺に置いてあるアンティークの椅子を指差し、レイヴンを連れて中央のショーケースの方へと向かった。
レイヴンの趣味は人間観察とカフスボタン集めだ。
椅子に座り、珀明は店内を見回した。
「物を見る目は相変わらず、か」
店内中央には、天井から吊り下げられたシャンデリア。服を並べている棚も全てアンティーク。
これらはイギリスから輸入した本物だ。珀明の今座っている椅子も、本来ならその価値故にディスプレイ用だろう。
『飾るだけなんて可哀想だろ? 家具は使ってこそ味が出るんだからさ』と、店をオープンした時に沙羅が言っていた。
それには珀明も同意見だ。
物はいずれ壊れてしまう。それならば、最後まで変わらず使い続けた方がいい。
「あれはディスプレイ用か」
来たときは気付かなかったが、入り口近くに置かれたショーケースが目に止まった。
珀明は椅子から立ち、ショーケースへ向かう。
ケースの中には、真っ白い婦人コートが飾られている。フードには猫の耳を模した飾りが付いている。
「可愛いだろう? 趣味で作った一点物」
「古川……」
服の準備が出来たのか、珀明の隣に古川が立った。
「息子の凪(なぎ)に作ったんだけど、もっと大きいのを作ってみたくなってさ。沙羅は絶対に着ないし、あの女には丈が長すぎだからな。折角だから飾ってたんだ」
カシミアのふわりとしたコートには、リボンが飾られた円形の大きめのポケットが左右に付いている。
沙羅には甘めなデザインだ。
「確かに北泉には不似合いだな」
「だろ。そうだ、もう春だから季節的に長く着れないけど、これお姫様にどうだ? さっきの服にも合うぜ」
白は珀明の奏へのイメージカラーだ。
陽に当たらない肌には、よく映えるだろう。
「いいのか?」
趣味とはいえ未発表の新作、しかも一点物となればそれなりの価値を持つ。
「ん〜? 服は着る為にあるんだから。結婚祝い第二弾としてプレゼントしてやるよ」
「友達なんだから遠慮すんな」と、義皇はベルトに繋いでいた鍵でケースを開け、トルソーからコートを脱がせた。
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