『White day』Side珀明(1)



 ―――三月十四日


 ホワイトデーの今日、珀明は自身が社長を務める会社の社長室で、朝から眉間に皺を寄せていた。


「昼間っから不機嫌オーラ全開は止めて下さいよ。私だって休日出勤なんて御免なんですから」


 呆れたように溜め息を吐き、レイヴンは珀明のデスクに珈琲を置いた。


「別に機嫌など悪くはない。それに、今日は午前で終わりだろう」


 土日は休みだが、今日は他社との会議の為出社していたのだ。


「はいはい。社長は奏様へのホワイデーの贈り物で悩んでいらっしゃったんですよね」


 見透かしたような言葉に、珀明はレイヴンの顔を睨んだ。

 図星だったからだ。

 珀明が女性に贈り物をしたことは数える程しかない。
 女性に関心を持たなかった珀明には、瑪瑙に何を贈ればいいか分からないのだ。

 一緒に水族館に出掛けた時は何を贈ればいいか分からず、結局ほぼ全種類のペンギングッズを購入して瑪瑙を困らせた。

 珀明の睨みを受け流しながら、レイヴンは仕方のない人ですね…と内心苦笑していた。


(……難しいことは考えず、貴方が奏様に似合うと思った物をお贈りすればいいんですよ)


 声には出さず、心の中だけで呟く。


(まぁ、言っても貴方は納得しないでしょうから言いませんけど)


「良いことを教えて差し上げますよ。親父が言ってたんですが、奏様がお読みになってた雑誌の中に、気に入った服があったみたいですよ。親父が伺ったら恥ずかしそうに『いいんです』って答えたそうで」

「瑪瑙が?」


 瑪瑙には定期的に服を買い与えている。
 瑪瑙にもファッション雑誌の中に気に入った服があれば葉月に伝えるように言ってあるが、葉月に伝えた様子はない。

 買い与える度に「まだ着られるものがあるのに……」と困った表情を見せる。
 服や調度品、宝石も必要なだけあれば十分なのだと、瑪瑙は度々口にしていた。
 
 そんな瑪瑙が珍しく気になっている服……


「で? それはどこの服だ?」

「“恋月姫(れんげつき)”ですよ」


 レイヴンの言葉に、珀明は言葉を詰まらせた。


「“恋月姫”だと?」

(よりによってあのブランドか……)

「ええ。どうしますか? 私一人でも大丈夫ですが」


 珍しくレイヴンが珀明に助け船を出した。


(珍しいこともあるものだな……)


「いや、いい。私も行く」


 遅かれ早かれ、奴にはまた会うことになる。ならば自分から出向くまでだ。
 珀明は溜め息を一つ吐いて珈琲を一気に飲み干し、荷物を持ってレイヴンと共に社長室を後にした。



***



 恋月姫は、ゴシックファッションの有名ブランドだ。
 国内だけで無く、海外からの注目も高い。
 ゴシックファッションのみならず、ブライダル衣装なども手掛けている。
 瑪瑙のウェディングドレスをオーダーしたのもこの店だ。


 ―――ダンッ


「―――っ!?」


 珀明が店の扉を開け足を踏み入れた瞬間、音を立てて扉に何かが突き刺さった。
 
 珀明の顔から数センチ離れた距離に突き刺さったもの―――サバイバルナイフ。


(……殺す気だな)


「随分な挨拶だな。北泉(きたいずみ)」


 懐かしい光景に、珀明は微笑を浮かべながらナイフを投げた人物に顔を向けた。


「はんっ。どのツラ下げて来たわけ、珀明? あたし達が作ったドレスズタズタにした分際で!」


「金払えば何してもいいわけじゃねぇんだよ!」と、綺麗な顔を歪ます女性。

 百七十センチ近くある身長、スラリとした体型。
 肩まである真っ直ぐな黒い髪を二つに結い上げ、黒いパンツスーツを着こなす彼女は珀明とレイヴンの旧友にして“恋月姫”の専属モデル。
 モデル名はSALA。本名は北泉沙羅。現在の姓は古川だが、夫であるオーナー兼デザイナーの義皇(ぎこう)と区別する為に旧姓で呼んでいる。


「相変わらず激しいですね、沙羅女史」


 珀明の後にいたレイヴンは扉に刺さったナイフを見て苦笑した。


「あら居たのレイヴン。お望みならアンタにもお見舞いしてあげるぜ?」

「いいえ、結構ですよ。しかし相変わらずいい腕してますね。モデルなんて辞めて大道芸人にでも転職しては如何ですか?」


 「引く手数多でしょうに」と更に皮肉を口にした。

 レイヴンと沙羅は同族嫌悪からか昔から仲が悪かった。


「あら、ナイフの扱いが上手いモデルの方が素敵じゃない。アンタこそ秘書や執事よりも詐欺師の方がお似合いよ。特に結婚詐欺とかね」


(……どこが素敵、だ)


 自分の秘書が犯罪者など、冗談ではない。



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