『微笑み』Side珀明(1)



 土曜日の昼下がり―――


 書斎で仕事を済ませ、瑪瑙の居るバルコニーへ足を向ける。

 朝食時に今日の予定を聞かれ、仕事だと答えた時の瑪瑙の顔を思い出す。
 
 寂しげに寄せられた眉。なのに、「お仕事も大切ですけど、身体を壊さない程度に無理をなさらないで下さいね」と、こちらを気遣う。


 『もっと我が儘を言えばいい。望みがあるなら叶えてやる』そう、言葉にしたくなる。

 しかしそう言えば、自分のもとから離れたいと口にされる可能性が拭えない。
 だからその言葉は未だ口に出すことが出来ないでいる。


「ふふ……」


 バルコニーへ続く扉を開ければ、風に乗って瑪瑙の声が聞こえてくる。


(……笑い声?)


「………」


 瑪瑙の笑い声を初めて聞いたことに気付く。
 口元を綻ばせて笑うことはあっても、声をあげて笑うことは無かったからだ。

 バルコニーでは瑪瑙とレイヴンが向かい合うように椅子に座り、ドリンクを飲みながら何かを話している。
 自分以外の男と楽しげに笑う瑪瑙の姿に胸がざわめく。

 どす黒いものが胸の中で渦巻いていく。
 今すぐ瑪瑙を捕まえ、その瞳に自分の姿だけが映るようにしたい。


(……らしくない。いつから私は、こんな些細なことで心を揺さぶられるようになったのだろか……。瑪瑙と再会してから、私はどうかしている)


 そんなことを考えていると瑪瑙がこちらに気付き、顔を向けた。


「珀明さん……」


 その顔からは、先程までの笑顔は消えていた。
 寧ろ、まるで見られたくなかったかのように瑪瑙の視線が逸らされる。


(まだ私が恐ろしいのか…)


 口の中に苦いものが溢れ出す。


「随分と楽しそうだな」


 多少の嫌味を込めて言い、瑪瑙とレイヴンのもとへ歩み寄る。
 言葉をそのまま受け取った瑪瑙は「はい」と頷き、言葉に含まれる意味を読み取ったレイヴンは笑いを堪えている。


「大人げないですね、珀明様」

「黙れ」


 お前は用済みだと、言葉に出さず睨みながら手に持っていた書類の束をレイヴンに突きつける。


「はいはい。では、珀明様がいらしたので失礼しますね、奏様」


 レイヴンは瑪瑙に微笑み、席を立つ。


「有難うございます。レイヴン」


 バルコニーの出入口に向かうレイヴンの背中に、瑪瑙はお礼の言葉をかける。
 また、胸に渦巻く闇が大きくなる。


(お前のその笑顔は、私にだけ向ければいい。紡ぐ名前は私の名だけでいい。お前は私のものだ)


「珀明さん? どうかなさったんですか?」


 黙って立ったままの珀明に瑪瑙が首を傾げる。


「いや……、何でもない。それは?」


 珀明はテーブルに置かれた白い紙袋に視線を落とした。
 珀明の言葉に瑪瑙も紙袋に視線を落とし、まるで恥じらうかのように頬を赤らめた。


「あっ、これはレイヴンに……ふっ…んん!?」


 レイヴンに貰ったものだと、全て言わせずに瑪瑙の唇を奪う。
 顎に指をかけ上向きに固定し、無防備に薄く開かれた唇へ舌を差し込む。


「はぁっ……ふぅっ…」


 逃げられないように肩を押さえつけ、舌を絡める。
 舌の付け根からきつく吸い上げれば、瑪瑙の身体は弓なりに反った。
 突然のキスに瑪瑙は腕で珀明の肩を押すように抵抗していたが、次第にその腕は縋り付くものに変わっていく。


「あっ……、んんっ! ふっぁ……、ん!!」


 キスをしたまま、珀明は椅子に座る瑪瑙の膝裏と背中に手を回し、その身体を抱きかかえるようにして立ち上がる。
 そのままバルコニーを出て、寝室へ向かう。
 腕の中で小さく暴れる瑪瑙をベッドに下ろし、そのまま頭を抱え込んで口づけを深くした。


「んぅ……」


 息苦しさに、瑪瑙が空気を求めて喉を喘がせる。
 それを無視し、激しく口膣を貪った。

 強く抱き締めれば、すぐに折れてしまいそうな程細い身体。
 全ての物を浄化するかのように澄んだ瞳。


(瑪瑙は誰にも渡しはしない。いっそ鎖に繋いで、誰にも逢わぬように閉じ込めてしまおうか……)


「あ……、はぁ……っ」


 唇を離せば、瑪瑙が苦しそうに肩で息を吐く。
 激しいキスで、赤く染まった頬はとても煽情的だ。


『これはレイヴンに……』


 ふいに、先程の瑪瑙の言葉が脳裡(ノウリ)をかすめる。
 また、沸々と怒りが沸いて来る。


(何故私ではなくレイヴンに……)


「欲しいものがあれば、私が買ってやる」

「珀明、さん……?」


 突然の言葉に、何の事か全く理解出来ていない瑪瑙が珀明の顔を見上げる。


「だから、レイヴンに欲しい物を頼まなくとも、お前の望むものを私が買ってやる」


(だから私以外に笑いかけるな。その瞳に映す者も私一人だけでいい)


「私には、望むものはありません。それに、レイヴンからは何も頂いていません」


 ではあの紙袋は何だと言うのか……。
 隠し事をする瑪瑙に、蓄積された狂気が溢れ出す。


「お前が誰のものか、確認させてやる」

「……珀明さん?」


 珀明の言葉に瑪瑙が怯えるように瞳を揺らす。
 珀明は震える瑪瑙の首筋に顔を埋め、キスを落とした。


「んぅ……、やぁっ…ぁっ……!」


 瑪瑙のブラウスのボタンを引きちぎる様に外し、露になった鎖骨へとキスを繰り返した。
 珀明は瑪瑙のスカートを捲って膝を割り、腰を擦り寄せていった。


「嫌ですっ! 珀明さ……っあぁっ!!」


 抵抗する瑪瑙の手を無視し、珀明はブラを外して胸の突起を舌で転がすように舐め、唇で乳首をわざと音を立てて吸い上げる。
 同時に掌で乳房を揉み、その柔らかな感触を楽しむ。


「ひゃっ!! ……あぁんっ!」

「胸の飾りが尖ってきたな」


 瑪瑙の下着を脱がし、珀明はその腰を押さえ込むと、まだ濡れていない蕾に顔を寄せた。


「やぁっ!! ……あぁっ、……だめ、やめっ、ぁっ!!」


 瑪瑙は腰を捩らせ、逃れようとする。
 珀明は腕でさらに太腿を開き、蕾に舌を挿入した。


「あっ! はんっ……、はぁっ…ぁんんっ!!」


 指と舌とを使い、蕾を溶かしていく。
 同時に愛芽も舐めれば、蜜壷からはとめどなく愛液が溢れてくる。


「ふぅ、んんっ! ひゃんっ……!!」


 挿入した二本の指をわざと乱暴に広げると、瑪瑙の口から掠れた声が漏れる。

 官能に満ちた甘い声。
 もっと瑪瑙に淫靡な声を上げさせたい。
 何度抱いても汚れることのない瑪瑙の身体から快楽を引き出し、理性を無くすまで貪り尽くしたい。


「あぁ……ふ、んっ…も…やぁ!!」


 身体をしならせながら、瑪瑙が弱々しく珀明の腕を掴む。
 小刻みに震える瑪瑙の手を一瞥し、珀明は自身のベルトを乱暴に引き抜いた。
 
 硬く天を向いてそそり立つ自身を、瑪瑙の細い腰を引き寄せ、蕾に宛がう。


「……っ!」


 猛った亀頭が蕾に呑み込まれた瞬間、瑪瑙が身体を強張らせる。
 過去に無理矢理開かれたことを記憶している身体は、珀明を拒絶するかのように震えている。
 しかし、欲望に駆られるまま、珀明は震える腰を押さえ付け、屹立を沈めていった。


「あっ!! ……んっ、あぁっ!!」


 熱い内壁は楔に温かく絡みつき、吸い付くように締め上げていく。


「コレがそんなに欲しかったのか?」


 楔を引き抜く度、内壁が放すまいと熱く絡みついてくる。


「やっ……! あぁぁっ!!」


 珀明の言葉を否定するかのように、顔を振る瑪瑙の長い睫毛の縁からは涙が零れ落ちる。
 その涙に唇を寄せ、吸い取りながら荒々しく腰を打ち付ける。


「あっ! ……あぁんっ! はっぁ……、んんぅ…っ」


 珀明の腕を掴み、律動に耐える瑪瑙の姿は艶かしく、いっそう珀明を煽る。


(何故お前は……)


「……私の前で笑わない」


(見るのはいつも、怯えている顔か泣いている顔ばかり……)


「んっ! ……はぁ、んっ…ぁふっ、珀明さん……?」


(怯えさせたいわけじゃない。泣かせたいわけじゃない。なのに、何故上手くいかない?)


「あんっ……、あぁっ!!」


 珀明は胸に湧いてくる行き場のない不安や苛立ちをぶつけるように、抜き差しを繰り返す。
 粘膜を擦り合わせ、わざと水音をさせ瑪瑙の羞恥心を煽る。
 
 やがて熱い襞が収縮を繰り返し、楔を奥へ奥へと引きずるように蠢く。

 繋がった場所は熱を孕み、瑪瑙の口からはひっきりなしに喘ぎ声が零れる。
 この時になって、ようやく瑪瑙が自分のものだという実感が胸に湧いてくる。
 瑪瑙の喘ぎ声は耳に心地よく、次第に胸に渦巻く不安が浄化されていく。

 瑪瑙を何度抱いても飽きることはない。
 寧ろ、抱けば抱く程瑪瑙の身体を求めてしまう。
 
 まるで、麻薬……


「もう……、あっ、あっ、あぁっ……!」


 涙で顔を濡らし、息を荒げ、潤んだ瞳で瑪瑙は珀明に懇願する。
 珀明は穿つスピードを上げ、突き上げていく。


「あっ、あんっ、あっ! ……ああぁっ!!」

「っ……」


 一瞬瑪瑙の身体が強張り、珀明も瑪瑙の最奥に精を放った。


「はぁっ…ふ、ぅ……っ」


 珀明は荒い息を吐く瑪瑙の唇をキスで塞ぎ、瑪瑙の背中を抱き締めた。
 
 やがて、腕の中から寝息が聞こえ始める。

 涙の跡の残る頬を見れば、無体を強いた罪悪感が押し寄せてくる。


 ―――しかし、どんなに泣かせても、放すことだけは出来ない。


 珀明は眠る瑪瑙から自身の楔を抜き、抱き締めた腕に力を込めた。



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