「プロローグ」
夜、別邸の門の前に横付けされた車から降りた奏と珀明の前に、暗闇の中から一人の男が姿を現した。
「お前さえ……、お前さえ居なければ――!!」
怒りに震える男の手には、拳銃が握られている。
「流(ながれ)…こんな所に隠れていたとはな」
銃口は真っ直ぐ奏へと向けられ、突然のことに奏は息を飲んだ。
暗闇の中、夜目が効かないのは相手も同じ。車に戻っても、乗り込む間に拳銃を乱射される可能性もある。
珀明は瞬時に頭を回転させ、内ポケットに入れていた小さな機械のスイッチを押して叫んだ。
「門の中へ走れ!」
先程のスイッチは緊急時に門の隣にある幅の狭い、人専用の門を開ける事が出来る。
珀明は奏の身体を庇いながら門へと走り出した。
しかしその直後、大きな銃声が二回響く。
「―――!?」
その銃声に、奏は目を閉じた。
しかし、覚悟した衝撃は訪れず、代わりに複数の足音と数発の銃声音が響いた。次いで誰かが呻き声をあげて倒れるような音。
珀明に守るように抱き締められたまま、奏は目を開けた。
銃を持っていた男は、銃声を聞きつけ駆け付けたレイヴンと警備の者達によって取り押さえられているところだった。
誰にも弾が当たらなかったことに、奏はホッとした。
「珀明さん。庇って下さって有難うございます。―――え?」
「………っ……」
奏を抱き締める珀明の身体が、徐々に奏の方へ体重を預けるように凭れかかってくる。
珀明からは小さな呻き声と荒い息遣いだけが聞こえ、奏は体重を支えきれず地面に尻餅をついた。
「珀…明さん……?」
珀明は奏の膝の上に頭を乗せて倒れている。呼び掛けと共に、ピクリとも動かない珀明の背中を叩いた。
「――――っ!?」
叩いた瞬間、右手がヌルリと生暖かい何かに触れた。
暗闇の中でも分かる。
それは、珀明から流れ出た血―――
「――嘘っ!! 珀明さんっ!!」
「奏様!?」
奏の異変に気付いたレイヴンが、ランタンを持って走ってくる。ランタンを側に置き、レイヴンは珀明の身体を仰向けにした。
「――――!? 救急車を呼べ!」
ランタンの淡い光に照らされた珀明の白いシャツは、溢れた血で赤く染まっている。
止まることなく溢れる鮮やかな赤い血に、レイヴンは警備の者に救急車を呼ぶよう指示を出し、直ぐに珀明のシャツを力を入れて引き裂いた。
「……レイヴっ…ン、瑪瑙は…くっ…」
「奏様は無事だ! だからお前は喋るな! すぐに救急車が来る!」
小さな声で切れきれに言葉を口にする珀明を、レイヴンが怒鳴った。
珀明を怒鳴るのも無理も無い。敬語を使う余裕などなかった。
珀明が貫かれた場所は、胸の中心よりやや左。
そこは、心臓の真上―――
流れた血は地面に赤い水溜まりを作り、珀明の顔からは少しずつ血の気が失われていく。
奏は珀明の傷口を両手で押さえ叫んだ。
「イヤッ! ……止まって!『止まりなさい!』」
何度も何度も、言霊を使う。
それでも、手の隙間から流れるモノは止まらない。
「珀明? ……っ…!?」
レイヴンは珀明の首に指を宛てて表情を強ばらせた。
「…っ…レイ、ヴンっ……珀明……さ、ん…は……」
奏の心臓がドクドクと警笛のように音を立てる。
当主に言霊は効かない
当主は一族を統べる存在だから―――
*「プロローグ」END*
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