『奴に恋?』
お手伝い十日目。
土曜日である今日は午前中で授業が終わり、図書館も三時には閉館する。
「もうすぐ閉館ね」
腕時計は二時半。
もうすぐ今日の作業が終了する。
館内では手続きを促すアナウンスとメロディーが流れている。
二度目のキスから九日目。
あれから和威は何も仕掛けてはこない。
淡々と必要な指示を出されるだけだ。
(やっぱりからかわれていただけ?)
そう考えると、何故か胸がムカムカする。
(これじゃまるで……。いやいや、有り得ない、気にしない)
「今日は聖も充も居ないんだから、あと三十分頑張らないと」
棚の並びもほぼ把握したので、迷うことは少なくなった。
「えーと、次は……あ、これって刹那の本だ。『天体遊戯』」
(んー。棚に戻して、貸出されなかったら帰りに借りようかな)
「あ。アイツまた女子に囲まれてる…」
目的の棚の前で、女子生徒数人と話をしている和威を見つけた。
(あれ? あの子達、前に登山でレファレンス頼んでた……)
「すみません。『天体遊戯』はまだ貸出中のようです。ご予約なされますか?」
(『天体遊戯』って、私の今持ってる本だ。早く渡さないと……)
「あの……!」
「探している本はこれですか?」と話しかけようとしたが、女子生徒達の様子に違和感を感じて言葉をつぐんだ。
女子生徒達は和威の言葉を聞いて、お互いに目配せをしたように見えたからだ。
「そうなんですかー? じゃぁ、他にオススメの本てありますか?」
(予約話しはそっちのけか。何よあの明らか奴狙い)
また、胸がムカムカする。
『館で一番人気だな…』
初日に充の言った言葉を思い出す。
(あぁ。時間のかかる登山の話しといい、今回のことも全て……。分かってしまった。奴に向ける彼女達の気持ちも、私の胸が、なぜ波打つのかも)
彼女達の前へ、一歩踏み出す。
「お話中申し訳ありません。お探しの本、『天体遊戯』こちらになります」
彼女達に『天体遊戯』を差し出す。
恐らくリーダー格であろう一人が、あから様に冴を見て睨む。
冴は気付かないフリで笑顔を保ったまま、「どうぞ」と言葉を重ねた。
事前に貸出中だという情報を知っていて、わざと聞いたのだろう。
彼女は探していた手前借りないわけにはいかず、口早に「有難う」と本を受け取って冴の横を通り過ぎた。
通りすぎる瞬間「あーあ、邪魔された」「何で聖徒会がいるのよ」等と小声で言い合う声が聞こえた。
(ふぅー。女って恐いわ)
「冴……」
和威に名前を呼ばれる。
気付いてしまったから、名前を呼ばれるだけで心がザワザワと揺れる。
和威の手が、冴の顔に伸ばされる。
自分の気持ちに気付いてしまったから、ドキドキと鼓動が高鳴っているのが分かる。
(私は、奴が好きなんだ)
和威に自分の鼓動の音が聞こえてしまいそうで、冴は踵を返して奴から逃げ出した―――
「奴に恋?」終
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