『奴とキス』



 聖徒会の仕事を終えた放課後、冴は図書館に来ていた。
 勿論、和威に一言文句を言ってやる為だ。


「え〜と、何処にいんのかな?」


 きょろきょろと館の入口で受付や読書スペースに目を向けるが、奴の姿は見えない。


(まぁ、こうも広いとそう見つからないか。昨日会った文学のコーナーでも見てこよ)


 気を取り直して、昨日の場所へ向かう。
 文学のコーナーは四階にあり、今は閉館時間が近いせいか人の姿が見当たらない。


(もしかして、もう帰った? それとも休み?)


 そんなことを考えながら、棚を見て歩いていると、ふと窓際に置かれているパソコンが目に入った。


(あれって充の言ってた『検索システム』? んー。奴も見つからないし、検索の練習して帰ろっかな)



***



(ふんふん……。出版年代とかでも検索出来るんだ。刹那って人、賞とか取ってる。この本のタイトルのドラマ見たなー)


「脱・ローカル少女……、か」


 パソコンで検索システムを操作していると、後ろから声を掛けられた。


(この声……!)


 勢い良く後ろを振り返ると、昨日の司書・宮永和威が立っていた。


「脱・ローカル少女って何よ! 私は利用者だっつの!」


(つ〜か、そっちこそ脱・敬語じゃない!)


「高等部の聖徒会長様が高等部進学以来、図書館に来館しておらず、検索システムすら知らなかったようだしな」


 クスクスと和威が笑う。
 昨日とは別人のように態度が悪い。


(何で知ってんのよ。さては来館記録を見たな……)


「アンタって、すっごい嫌な奴。よくそんなんで学校司書なんてしてられるわね?」


「残念。もう閉館時間過ぎてんだよ。放送聞こえなかったのか? だから、敬語を使う義理はないぜ。それに、資格持って試験に受かれば誰でもなれんだよ。すっごい嫌な奴の俺でも、な。」


(………最っ悪)


「そりゃ悪かったわね。もう出るわよ。んで、明日から絶対に来たりしないから。アンタなんか大っ嫌い!」


 キッ!と睨みながら和威に宣言する。
 そのまま鞄を持って椅子から立ち上がろうとすると、奴が身体を折り冴の顎と肩に手をかけた。


「何よ……?」

「俺は好きだけどな」

「は……?」


 そう、耳元で低く囁かれた次の瞬間―――

 唇に何か暖かい物を感じた。


(嘘! なんでキスなんか……!)


「んっ!? あっ……、ふっ、んぅ」


 薄く開いていた唇から湿った舌が入り込み、歯茎の裏をくすぐるようになぞられる。


(それに、好きって……)


「あぁ、ぁん……ふっ…」


 舌を探られ、絡めとるようにされると、頭がぼうっとなってくる。
 湿った音を立ててキスが終っても、直ぐには反応出来なかった。


「感じた……?」


 耳元でまた、囁かれる。
 その低い声に、ゾクリと背筋が粟立った。


「――――ぁっ!?」


(今、私……)


 奴の一言で、身体がカッと熱くなった。


(いつ人が来るかも分からないのに……。それに、昨日の今日で好きとか有り得ないでしょ!?)


「ば、馬鹿にしないでよ! もう絶対にこんなとこに来ないんだから!」


 開いていた鞄の中から昨日借りた本を奴に押し付け、そのまま走って図書館を後にした。


「あーあ、逃げられた。まぁ、これからがお楽しみ、かな」


 冴の背中を見送った後、パソコンの電源を落としながら和威が囁く。

 
 冴はこの時、後に毎日図書館に通わなければならない悲劇の日々が訪れようとは、露にも思っていなかった―――



「奴とキス」終



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