『図書館と奴』



「えーっと、なになに……『「魔物姫」を読み、原稿用紙一枚に感想を纏めよ』か」


(『魔物の姫』って何? もしかしてホラー?)


 冴(さえ)はこの日、高等部に進学して以来入ったことのない図書館に足を踏み入れた。
 高等部の図書館の規模と蔵書数は、大学部に次いで大きい。故に敷地も広大で、建物は地上五階地下三階にも及ぶ。


「それにしても、何コレ。本ありすぎでしょ」


 右を見ても左を見ても本の詰まった棚、棚、棚。図書館の為当たり前なのだが、冴には見慣れぬ光景だ。
 そして館の中は驚く程静かで、「自分はつくづく場違いだ」と冴は思った。


(賭けに負けた罰ゲームが読書感想文って、小学生じゃあるまいし。何なのよ、もう!)


 不慣れながらも館内地図を頼りに、なんとか9 文学と書かれたコーナーへと到着する。


「つーか、9とかって何?」


(一番最初には0総記って書いてたけど、何の番号なんだろ……)


「それは分類番号のことですよ」


 突然背後から声をかけられ振り返ると、白いシャツに黒いエプロンを腰に巻いた姿の男性が本を数冊持って立っていた。


(誰? ギャルソン? 髪が短髪で爽やかなのに、ピアスが左右に三つずつって……)


 ふと首からぶら下げている札を見ると、高等部・学校司書 宮永 和威(みやなが かずい)と書かれている。
 髪が短いせいか、左右の耳に付けられている青い石のピアスが目立っていた。


(あー、司書さんか。全然そうは見えないけど……)


「分類番号って?」

「十進分類法、通称NDCと呼ばれる、本を大きく0〜9の10種に分類した番号のことです。0の総記には、辞書や百科事典が入ります。9番代は文学ですね」


(成る程。適当に棚に本並べてるわけじゃないんだ……)


 ふむふむ。と関心していると、和威が口を開いた。


「何か本を探していらっしゃったのではありませんか? 宜しければお手伝い致しますよ」

「やった! 本当!?」


(あー、だからわざわざ声かけてくれたんだ。いい人だな〜って、これが仕事か)


 だがこれは天の助けだ。
 館内案内図で何とかここまで来れたが、この後どうやって目的の本を探せば良いのか全く分からない。


「えっと、『魔物姫』って本探してるの。あの、ホラーじゃないですよね?」


 友達から渡されたメモを渡すと、何故か宮永は紙と冴を交互に眺めた。


(何? まさか、やっぱホラーなの!?)


「あの……?」


 不安気に顔を伺えば、和威は少し苦笑しながら「すみません、ご案内致します」と歩き出した。


「図書館に入ったのって、一年の校舎案内以来なんだけど、すごい本の数だよねー」


 歩きながら話しを振ると、前方でプッと笑いを堪える音が聞こえた。


(やっぱこの人、なんか失礼じゃない?)


「すみません。三年生で二度目の入館なんて珍しいと思いまして。学園のレポート課題で利用者は多いんですよ」

「あたしは友達が使ったの回して貰ってるから」


 レポートの題材関連の本はすぐに貸出し中になってしまうから、読み終えた友達に返却日までに余裕があれば回して貰うのだ。


「成る程。確かに有効な手ですね。図書館員としては関心しませんが」


 少し不機嫌そうな声で、宮永が納得したように頷いた。


(年上の人だけど、笑ったり不機嫌になったりして、なんか面白いだな。こんな見た目派手な人が何で学校司書なんて地味な仕事に就いてるんだろ?)


「刹那(せつな)著、『魔物姫』……。これですね」


 作者の名前順に並べられた棚の中から目的の本を抜き取り、和威は冴に手渡した。


(うわっ、ハードカバーだ。結構厚みあるなー)


 タイトルからしてファンタジーだろうとは思っていたが、想像していた物よりも厚みがある。
 その場でパラパラと捲るが、挿絵が殆どない。
 表紙の裏に貼り付けられた帯に書かれたあらすじを読むに、どうやら冴の大嫌いなホラーではないらしい。


(まぁ、ホラーじゃないだけ善しとしよう)


「案内してくれて有難う」

「いいえ、また分からないことがありましたらお気軽にお尋ね下さい。ただし、病気や法律、宿題の答え以外で」


(病気と法律はわかるけど、宿題の答えって……。ふふ。やっぱり変な人)



***



 自宅のベッドに横になりながら、借りて来た本の表紙を見つめる。

 表紙は全体が青く、中央には黒い鳥籠―――
 鳥籠の中には、女性らしき人物がシルエットで描かれている。

 狭い鳥籠の中で、彼女は何を想うのだろうか。


「自慢じゃないけど、あたし本て嫌いなんだよねー」


 しかし罰ゲームの手前、読まなければ馬鹿にされてしまう。
 読書も嫌いだが、馬鹿にされるのはもっと嫌だ。


 馬鹿にされる < 読む


(よし! ホラーっぽくないし、読むぞ冴!)


 自分に活を入れ、冴は覚悟を決めて表紙を開いた。


 『魔物姫』は、心優しい魔物の中に唯一憎しみの心を持って生まれてきた姫と旅人が中心の、暖かくて哀しい物語だった。
 
 誰も居なくなった燃え盛る森に、姫の歌声だけが優しく儚く響き渡る―――



「何だこれ、ラスト泣ける……」


 読み始めた頃は真っ暗だった空は、うっすらと白み始めていた―――



「図書館と奴」終



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