『初デート』(1)



 よく晴れた土曜日。
 冴は携帯電話を耳をあて、とある一軒の家の前に来ている。


 ――ピンポーン


《トゥルルル……》


「…………」


 ピンポン ピンポン……ピンポーン


《トゥルルル……プツッ。ツー……ツー……》


「和威! 何で出ないのよ! アンタ今切ったでしょ!」


 冴は近所迷惑等を全て無視し、玄関のドアを盛大に叩きながら怒鳴った。

 今日は、和威と初めてのデートの筈だった。
 そう、“筈”だったのだ。


 『午前十時に駅前の噴水前で』


 そんな約束を交わしたのは、今週の水曜日のこと。
 だが、その場所に和威は十二時を回っても来なかったのだ。

 メールをしても返事はなく、電話をかけても出ず。

 痺れを切らした冴は、和威の住む一軒家へと足を運んだのだった。


「和威ってば! ……あっ!」


 ドアノブをガチガチと揺すり、ノブを手前に引くと扉が薄く開いた。


(嘘……。鍵開いてる……。無用心にも程があるでしょ)


 昨今では在宅中でも玄関の鍵を掛けている家は多い。
 勿論、冴の家でも帰宅すると直ぐに鍵を閉めるようにしている。

 鍵が開いていることを利用して、冴はドアを開けて玄関に入った。
 和威の両親は定年退職を機に海外へ移住して行った為、今は兄と二人暮らし。
 
 中は静かで、冴が扉を閉める音だけがやけに大きく聞こえた。


「和威……?」


 呼びかけても、返事はない。


「入るわよ?」


 一応お伺いをたててから玄関に置かれていたルームスリッパを履き、玄関の側にある扉を開ける。
 扉を開けると、そこはリビングダイニングだった。


「うわ。ひっろー」


 前方には、モノトーンを基調とした大きなソファとテーブル。窓辺には観葉植物。
 キッチンも機能的に片付けられていて、食器棚にはアンティーク調のティーカップなどが見える。

 リビングダイニングには和威が居ないことを確認し、玄関に戻って階段を上っていく。
 二階に上がり、和威が何処に居るか分からず取り敢えず一つひとつ扉を開けて確認していく。

 二階には、階段を上がって直ぐにトイレと二人がけのソファとテーブルが置かれたスペースがあり、その先に四つ部屋がある。


「ここにも居ない……」


 二つ目のドアを開けて、冴は溜息をつく。


「ってゆーか、なんなのこの家。本棚の数が異常過ぎでしょ。自宅が書庫って感じ」


 部屋の扉を開ければ、そこには壁一面の本棚。
 日焼けを用心してか、窓には遮光カーテン。
 ドア横の壁に取り付けられた照明スイッチの下には、温度計と湿度計を取り付ける念の入れよう。

 本棚にはギッシリと書籍が詰まり、入りきらない本が床に無造作に積まれている。
 正に本だけの部屋だ。


「どんだけ本好きよ」


 ここまでくると、床が大丈夫か心配だ。
 本の重みで抜けてしまうのではと思う。
 残りの部屋は三つ。

 冴は気を取り直し、本の置かれた部屋の扉を閉めた。


「よしっ」


 三つ目の扉の前で今度こそ、と気合いを入れる。

 扉を開けると、部屋の中央に置かれた黒いシーツのかかったベッドが目に入った。


「和威……」


 ベッドの上には、ルームウェアなのか金色の刺繍の入った黒いジャージとスウェットを着た和威がうつ伏せに寝転がっていた。


「和威!」


 やっと見つけた。
 ベッドに歩み寄りながら、和威の名前を呼ぶ。
 しかし、和威は聞こえていないのか下を見たままだ。


(何してるの? 肘を立ててるから、寝てるわけじゃないよね?)


 近づいて行くと、和威の傍でパラ…っと、何かを捲る音がした。


(まさか……)


「和威ってば!」

「うわっ!?」


 グイッと肩を掴んで名前を呼ぶと、和威が驚いた声を上げた。
 冴の顔を見た瞬間、和威の手が分厚いハードカバーの本から離れ、重力で勝手にページが閉じた。


(やっぱり……)


「は? え? 何で冴がここに?」


 わけが分からないと言う様子の和威に向かって、冴はサイドボードに置かれた時計を突き付けた。
 
 時刻は午後一時過ぎ。
 
 時計を見た和威は、ベッドから下りてカーテンを開けた。
 カーテンを開ければ、午後の温かな日差しが、部屋に入ってくる。


「は? ……え、昼?」


 窓の外を呆然と眺めている和威に、冴の怒りの臨界点が突破した。


「和威の馬鹿ぁぁ!」


 冴は和威に向けて、ベッドに置かれていた携帯電話を投げ付けた。



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