『聖夜』後日談
―――翌日
胸をドキドキとさせながら出社する。
(どんな顔をして会えばいいんですか……)
凌は深呼吸をして、秘書室へ入る。
時刻は午前九時。
十時始業だが、彼は社長と一緒に誰よりも早く出社している。
「おはようございます、室長」
勇気を出して、挨拶をする。
ファイルに目を通していたレイヴンが、凌を見て微笑んだ。
「おはようございます、如月さん」
荷物を自分のデスクに置き、席に座る。
秘書室に、レイヴンと二人きり。それは、昨夜と同じシチュエーション。
昨夜のことが思い出され、カァッと顔が熱くなる。
(だ、駄目よ凌! 平常心、平常心)
凌は自分を落ち着かせる為に、会社前で買ってきたキャラメルマキアートを取り出して一口飲む。
だが――
「ぶっ!! にがっ……!」
いつもの甘いクリームと熱い珈琲の二重奏が口に広がる筈なのに、口に広がったのはブラック珈琲。
びっくりして、慌てて容器を見る。
そこには“キリマンジャロブレンド”の文字が。
(これ、室長に買って来たのに……。間違っちゃったよぉ〜)
「ぷっ……、朝から愉快ですね。如月さん」
いつの間に凌のデスクの隣に立っていたのか、レイヴンは笑いを堪えながら言った。
(思いきり見られてたんだ……。恥ずかしいっ!)
レイヴンは凌のデスクに置かれた珈琲に視線を落とした。
「如月さんがキリマンジャロブレンドなんて珍しいですね。いつもはキャラメルマキアートなのに」
「いや……あの、違うんです。キャラメルマキアートも買ったんですが、間違って室長に買ってきた方を飲んでしまって……」
紙コップにちゃんと商品名が書かれているのに、間違ってしまった自分が恥ずかしくて、声が次第に小さくなってしまう。
レイヴンは珈琲の入った紙カップを持ち上げ、口に運んだ。
「あ、待って下さい! 私、それに口つけてるんです。新しいの買ってきますから!」
だから返して下さいと慌てて言うが、レイヴンは凌の言葉を無視して再び口に運んだ。
「勿体ないじゃないですか。せっかく凌が買って来てくれたのに。それに、これを飲めば間接キス、ですし」
カップから唇を離し、レイヴンは悪戯っぽく笑った。
(間接キスって……。それに今、凌って呼んでくれた?)
「あ、あの……」
何と言えばいいのだろうか。朝からペースが乱されっぱなしだ。
どう反応すれば良いのか分からない凌に、レイヴンはまたクスリと笑い、凌の唇に自身のソレを押し付けた。
「ん……っ、ふん……」
薄く開いた唇から、舌が差し込まれる。舌を絡められれば、レイヴンの舌から珈琲の味がする。
苦い筈のソレは飴のように甘く、凌を酔わせていく。
他の社員が出社して来る直前まで、凌とレイヴンは口づけ合った―――
*END*
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