『ゲームセンター』
(「三年先まで待てない」菖蒲×小牧続編)




 食料や日用品の買出しに、マンションの一階のスーパーではなく、足を伸ばして大型の複合施設へとやって来た。
 その買出しの途中に通りがかったゲームセンターで、隣にいた小牧が「あっ!」と小さく声を上げた。

「どうかしたか?」

「あそこにクレーンゲームあるじゃない? で、あの手前に見える茶色のモフモフしたぬいぐるみなんだけどね、小さい頃から大好きなキャラクターなのよ」


 小牧が指をさしたクレーンゲームの方を見ると、小牧の言う通り、そこにはいかにも女が好きそうな茶色のトイプードルのぬいぐるみがあった。
 見たところ、トイプードルのぬいぐるみは頭の部分が大きく、上手くアームで挟めば取ることはさほど難しくないように思える。


「やってみれば? あれなら簡単に取れると思うぜ」

「簡単に言わないでよ。言っとくけど私、クレーンゲームで一回もぬいぐるみ取れたことないんだからね!」

「腰に手ぇ当てて偉そうに言うことじゃねーだろ」

「だまらっしゃい! こういう時は、『じゃぁ俺が取ってやるよ』って言うのが男ってもんでしょ。予算は五百円。私は隣の店でクレープ買って椅子に座って待ってるから、終ったら来てよね」


 チャリン…と、子どものお遣いよろしく五枚の銀色の硬貨を手渡された。


「へーへー」

「取れなくてもお金追加しちゃ駄目よ。あ、やっぱ一慶の財布ごと貰ってくわ。取れなくても良いけど、取れなかったら今夜の夕食に納豆を出すから、そのつもりでいてよね」

「それ、絶対に取れって言ってんのと変わんねーだろ。おら、財布」


 菖蒲はオクラや山芋などのネバネバとした食べ物が総じて苦手だ。
 口の中で噛んだ時の粘り気がどうしても好きになれず、中でも納豆は匂いも味も駄目だ。

 小牧は美容の為に週に一度は夕食に納豆を食べるようで、同居しだしてから知った事実に結構な衝撃を受けた。

 菖蒲の好き嫌いに呆れながらも、小牧はその日以降家で納豆を食べなくなった。
 如月の話では、昼食に納豆巻きを食べているらしい。


(こりゃ、何としても取らねーとな。理彩のあの言い方じゃ、目の前で納豆食べられるだけじゃないっぽいし)


 隣のクレープ屋に入って行く小牧の背を見送り、菖蒲はゲームセンターへと足を踏み入れた。




「よっしゃぁ!」


 景品の取り出し口から目的のトイプードルのぬいぐるみを取り出し、菖蒲は小さくガッツポーズをした。
 これで納豆を回避出来る。しかも、思った異常に手こずり五枚目でようやくゲット出来たのだ。喜ぶなと言う方が無理だろう。


「それもこれも、あのブッサイクな意味不明の生き物のぬいぐるみのせいだ。トイプードルの隣にいやがって、おかげでアームが隙間になかなか入ってかねーんだよ」


(んでもま、目的達成したわけだし。理彩んとこ行くか)


 クレープ屋に入ると、奥の席でファッション雑誌を読んでいる小牧を見つけた。


「理彩」

「あら、おかえり。で、どうだったかしら?」

「言われた通り、百円玉五枚目にしてゲットして来たぜ」


 ほらよ、とテーブルの上にゲットして来たばかりのぬいぐるみを置いた。


「……何よ、コレ」

「何って、お前の欲しがってたトイプードルのぬいぐるみだろ? 茶色でモフモフ」

「はぁ? 何言ってるのよ。違うわよ。私が欲しかったのは茶色くてモフモフだけど、山猫がモチーフの人型のぬいぐるみよ。上に縞シャツと赤いチョッキ着てて、下も赤いズボン。チャームポイントはデべソ」

「デベソってチャームポイントか?」


(いや、待てよ……。猫っぽい人型で、茶色くって縞シャツで赤いチョッキとズボンって……、確か見たような……)


「あぁっ! あのブッサイクな意味不明の生き物か!」


 トイプードルを掴むのに邪魔になっていた隣のぬいぐるみだ。
 トイプードルだろうと決め付けていたから除外していたが、あのぬいぐるみも肌の色は茶色だった。


(まさかあの不細工なぬいぐるみだったとは……、人の趣味ってわかんねー)


「ブサイクとは何よ。アンタ“じゃじゃまる”知らないの? 子どもの頃にNHKの教育番組であったじゃない。『にこにこぷん』っての。他にもねずみの“ぽろり”とペンギンの“ぴっころ”がいたでしょ」

「んな昔のこと覚えてねーよ!」


 おぼろげだが確かに見た気はする。するだけだが……


「まぁ、コレは一応貰っておくわ。で、五百円使い切っても私の欲しかったぬいぐるみは手に入らなかったわけだけど、約束は勿論覚えてるわよね?」

 
 やけに「約束」の部分が強調されて聞こえたのは気のせいだろうか。


「で、でもさ……お前も茶色いモフモフってだけしか教えてくれなかったし……」

「あれも茶色くてモフモフよ。間違ってないわよ。それに、もしどちらか分からなかったら聞きにくればいいだけの話だったでしょ? でも、一慶は最初からトイプーって決め付けてたみたいだし? いじめっ子だけど、義理と人情には厚い“じゃじゃまる”をブサイクって言うぐらいだしね。自業自得よ。さぁ、張り切って納豆コーナーに行くわよ!」



 その日の夕食には梅納豆の海苔巻きや納豆のてんぷら等の納豆料理が食卓に並び、菖蒲を泣かせた。



*END*



*おまけ*



 ―――翌日


「なぁポチ、お前昔やってたNHKの教育番組の『にこにこぷん』って知ってるか? “じゃじゃまる”とか言う、デベソの猫が出てたやつ」

「だから、ポチポチ言わないで下さいよ!」

「まだ一回しか言ってねーだろ。で? あんのかないのか、どっちだよ」

「……ないっス。俺は『ドレミファ・どーなっつ!』世代なんで」

「『ドレミファ・どーなっつ!』って?」

「え〜っと、俺もあんま覚えてないんスけど、確か“空男(そらお)”って頬っぺたに絆創膏貼ったゴリラと、“れっしー”って元王子のカンガルーが居て……あと、何だっけな……。あっ! “みど”と“ふぁど”って名前のプードルの双子の姉弟が……―――どわっ!!」

「俺の前でプードルとか言うんじゃねぇ!」

「いきなり人の頭叩いといて何スか! 意味分かんないんスけど! プードルがどうか―――ぃだっ!!」

「二度と言わせんな、このバカ犬が!」

「〜〜〜っ。マジ叩きしないで下さいよ! 何なんスかホントに〜〜〜」


 この日、清春は事ある毎に菖蒲から当たられるハメになった。



*END*



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