『君へ捧げる物語』【後編】
***
あれから数ヶ月後、来月発売のパパンの新刊の見本が届いた。
「これ、あの時の新作?」
リビングのソファに人並んで座り、珈琲を飲みながら本の表紙を見る。
「そうだよ」
(パパが執筆にのめり込んだ作品……)
タイトルは――『君へ捧げる物語』
【あらすじ】
結婚して一年後に妻が亡くなり、幼い連れ子の女の子と二人きりになった青年。
青年は彼女の忘れ形見を大切に育てる決意をするが、成長していく“娘”に淡い恋を抱いていく――
『大切な、君へ捧げる物語』
堤 英、初の恋愛物語――
(これって……)
あらすじを読み終え、パパの顔を見る。
恥ずかしそうに逸らされる瞳。
「花白ちゃんの誕生日に発売予定なんだ。九月二十四日」
(だから、『大切な、君へ捧げる』なのか……)
「この仕事が来てから決めてたんだよ。恋愛物を書くなら、花白ちゃんの為にって」
(つまり私は、仕事にパパを取られて寂しい思いをしていたけど、結局は自分に嫉妬してたってこと? なんだかな〜)
「あと、これも一緒に送られてきてたよ」
差し出されたのは一冊の本。
タイトルは、『魔物姫』
(これ! 刹那さんの!)
「完成したんだ……」
遠くを見つめていた刹那さんの姿を思い出す。
表紙を捲ると、小さな白い紙が挟まっていた。
『読者第一号は、君に』
(ふふっ。刹那さんらしいな……。ねぇ、刹那さん。魔物姫はどうなったのかな? 凄く楽しみだよ。)
「さて、今日のお昼は何にしようか」
「はいっはい! カボチャのタルト・生クリーム添え!」
パパの問いに、元気良く答える。
「花白ちゃん、それはデザート」
パパの呆れた声。今日も平穏な……
「せーんーせーいー!」
ドタバタとまた足音を響かせて、綾瀬がリビングに入ってくる。
「先生! 電話線と携帯の電源切ってますね! インターフォンまで切って! 今日は次の打ち合わせだって言ったじゃないですか!」
綾瀬さんはパパのシャツの胸倉を掴み上げながら叫んだ。
(電話線? インターフォン?)
「残念ですが綾瀬さん。これから昼食の準備をしないといけないんで、出直して来て下さい」
しれっと帰れ宣言をするパパに、綾瀬さんは怯むことなく言い返す。
「私はラザニアとスパイスチキン。デザートはカボチャのタルト・生クリーム添えが良いです。ホワイトソースとトマトソースは手作りでお願いしますね」
当たり前のように昼食のメニューをリクエストする綾瀬さん。
(綾瀬さんって……)
「カボチャタルトって、貴女もですか……」
もう何を言っても無駄だと判断したのか、料理を作る為に黙ってキッチンへと入って行くパパ。
今日も水瀬家の穏やかな……改め、賑やかな一日が始まります!
*END*
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