『一家にひとり』



 昨年は大した寒さを感じないまま冬が終わったから、今年もそうなればいいなと、そんな淡い期待すら描いていた。
 しかし今年は10月下旬頃からどんどんと気温が下がり始め、瞬く間に本格的な冬はやってきたのだった。


「今年ももうひと月で終わりかぁ〜。あと30日で一年が終わっちゃうだなんて……」

(なんだか夏休み後半から一気に今日まで来た気がする……)


 例年よりも少し早い10月の末に出したリビングの炬燵の中に入り、ふと目に入った壁掛けカレンダー。12枚綴りのそれも、今日で残り一枚。


(それに12月と言えば……)

「もうすぐ期末テストか〜。ヤだなぁ……」


 中間テストが終わったかと思えば、次は早くも期末テスト。
 時間が経つのは本当にあっという間で、こんな時にママの「時間は常に駆け足なのよ!」と言う口癖を思い出す。


「時間は常に駆け足なのよ…か。その通りだよね。今回は早めに勉強しようかな……」


 早めに勉強と言ってもテストは来週からなので、どちらかと言えば遅めのスタートだろう。
 しかし別段好成績を狙っている訳ではない為、大体いつも3日前くらいからしかノートを見返さない自分からすれば早い方だと言える。


「ふふ、懐かしいね。百合さんの口癖だ」


 クスリと笑いながら、パパがリビングに入ってくる。
 その手には何故か、新聞紙に包まれた何本もの大根が抱えられていた。


(ナゼに大根……)


 大根に注がれる視線に、キッチンに大根を運びながら「あぁ、これはね」と説明を始めた。


「ご近所のおじいさんに頂いたんだよ。ほら、庭に月桂樹と金木犀があるお家の。この間、通りがかった時に月桂樹が庭にあるといつでも料理に使えて良いですねって言ったら枝ごとくれてね。さっきお礼に入浴剤用にブーケにした月桂樹とカレーを持って行ったら、今度は大根を頂いたんだよ。裏庭に家庭菜園があるんだって。こんなに立派なのを作れるなんて凄いよね」

「ご近所のおじいさんって、あの家のおじいさんが!?」


 ご近所で月桂樹と金木犀を植えている家は一軒しかない。
 その家に夫妻で住む壮年の男性は気難しいので有名で、花白も幼い頃、転がったボールを追いかけて家の前まで行っただけで「ここで遊ぶんじゃない!」と怒鳴られたことがある。
 その時の記憶は今も鮮明でトラウマとなっている。さすがに今は怒られることはないし道で会えば挨拶を交わすが、苦手なのは変わらない。

 そのおじいさんと世間話をし、尚かつこうして物々交換とも言える古き良きご近所付き合いをするようになるまでに親しくなれるとは……


(パパって一体何者……?)


「5本も頂いたから2本はおでんや筑前煮に使って、残り3本は千切りにして干し大根にでもしようか。そうしたらいつでも切り干し大根を作れるし。1本分はお返しにして……」


(そしてマメだ……)


 キッチンの中で大根を一本手に取ってアレコレと思案する姿に、主夫のかがみだな…と思う花白なのだった―――




*END*



◆おまけ◆


 うちのパパは本当にマメだ。
 毎日洗濯と掃除をし、月に一度は廊下と窓を拭き、換気扇も掃除する。
 梅雨が来る前に家にある乾物を全て使いきり、夏にはスライスした野菜や果物を縁側に干して新しい乾物を作る。
 秋が来る前にはお風呂のカビ掃除をする。
 だから年末だからと言って大掃除はしない。

(掃除はまだ分かるけど、乾物まで手作りって……)

 キッチンカウンターに置かれたスツールに腰を下ろし、少し身を乗り出して例の大根を軽快に千切りにしていくパパの手元を眺める。
 まな板の傍らに置かれた竹編みのザルはこれで4枚目だ。


(これはもうアレだよね……)

「パパって主夫って言うより、お婆ちゃんの域だよね。万能で一家にひとりって感じ」

「え? 花白ちゃん、何のこと?」


 包丁を握る手を止め、謎過ぎる発言をする花白に目を白黒させる英だったが、花白は一人納得顔でウンウンと頷くだけだった。

 一家にひとり、万能なパパ―――




*END*



君捧TOP