『ガールズトーク』蓮+花白



「や、あのね……パパ、違うの。誤解」


 ベッドの上で、私は、父親兼恋人であるパパを必死に宥めていた。


「ふぅん。じゃぁ花白ちゃんは、僕が誰かにキスマークを付けられても気にしないだね?」


 スゥーっと、パパの穏やかな印象の瞳が細められる。


(うっ……)


 パパの言葉と瞳に、私は言葉を詰まらせる。
 ふと、綾瀬さんの顔が頭に浮かぶ。


(そりゃ気になるよ。パパが誰かにキスマークつけられるなんて……)


 パパの指が首の赤い痕……、キスマークに触れる。


「でも、これは本当に違うの! 蓮ちゃんとね……」


 にじり寄って来るパパに蒼白になりながら、私は今日の出来事を口にした。


 ―――ことの起こりは今日の放課後だった。


「あ〜、もう。また負けたぁ〜」


 放課後、蓮ちゃんの机の前の席に私が座って二人でチェスをしていた。


「ふふ。プロだから」


 蓮ちゃんは私の言葉を聞いて、悔しそうに机に突っ伏した。
 知り合ってから勝負した蓮ちゃんの結果は、零勝五十七敗。今日で通算五十八敗目の記録更新である。


(蓮ちゃんは負けず嫌いだからなぁ……)


 蓮ちゃんの悔しそうな顔を眺めながら、心の中で囁く。


(本当は十八手目に勝てたんだけど、蓮ちゃんの為に勝負を延ばしたんだってことは内緒にしとこう。―――あれ?)


「蓮ちゃん。首、虫に刺されたの?」


 突っ伏した蓮ちゃんの首に、赤い跡を見つけた。


「えっ!?」


 私の言葉に、蓮ちゃんはガバッと身体を起こし顔を赤くしながら首元を押さえる。


(―――何で赤くなるの?)


「あたし跡が付きやすいから。あんまり強くしないでって、言ってるんだけど……」


(強く?)


「強くって、何を?」

「………は?」


 私の疑問に、蓮ちゃんが驚いた顔で見てくる。


(え……? 何でそんな、鳩が豆鉄砲くらったような顔するの)


「ねぇ。花白はさ、キスマークって知ってる?」


(キスマーク? キスマークって……)


「……キスの印?」


「……ぷっ。あはははは。天然節炸裂!!」


 私の発言に、蓮ちゃんはお腹を押さえながら笑う。


(天然節って……、蓮ちゃん、酷い……)


「でさ、キスマークって何?」


 瞳に笑い涙をためている蓮ちゃんを睨む。


(そこまで笑わなくてもいいじゃない!!)


「ふふっ……、ごめんごめん。 キスマークって言うのは、肌を唇で吸った時に出来る跡のことよ」


(肌を唇で?)


「そ〜なんだ」


 なるほど。と納得している私に、蓮ちゃんがそもそも…と話しを続けた。


「パパはしてくれないわけ?」

「はいっ!?」


(れっ、蓮ちゃん急に何言い出すの!?)


「だって、キスマークって所有の印じゃない。普通、痕つけるでしょ」


 どーなのよ。と、蓮ちゃんが詰め寄ってくる。


「や、痕なんてないよ」


 ブンブンっと首と手を一生懸命振って否定する。


(だって本当にないんだもん。)


「………は〜ん」


 にやり。と蓮ちゃんは笑いながら私のシャツの胸元に手をかけ……、そして一気に開いた。


「きゃぁぁっ!!」


(蓮ちゃん〜〜〜!!)


「あらやだ本当。ないわね」


 胸元と首を凝視し、フムフムと蓮ちゃんは納得する。


「フムフム。じゃないよ! 蓮ちゃんの痴女!!」


(うう……。逆セクハラだよ)


 肌けた胸元を押さえ、蓮ちゃんを睨む。


「痴女だなんて、失礼ね。キスマークが本当にないか見ただけじゃない」


(見ただけって。軽く言わないでよ)


「ないもん。ってゆーか、キスされるけど痕ついたことないから……」


 首とかに確かにキスされるけど、痕がついたことはない。


「ほんと? じゃぁ吸いが足りないか、残らない体質かなのかしら」


(また一人でブツブツ言ってる)


「よし。試そう」


 ぱんっと蓮ちゃんは手を叩き、私の胸元を押さえている手を外しにかかった。


「よしってなに? えっ? 試すってまさか……」


(キスマークつける気ですかぁぁぁ!?)


 力の限り抵抗するけど、蓮ちゃんの方がやや力が強く押さえ込まれてしまう。


「んっ!! 痛っ!」


 首筋にチクッとした痛みを感じる。
 蓮ちゃんは首筋に埋めていた顔を上げ、私の首を見る。


「ん〜? これだけ吸ってうっすらって……。そりゃパパが優しく吸ってつくわけないわね」


 何のことかさっぱり分からないでいると、はいっと手鏡を渡される。
 鏡で首筋を見ると、うっすらと赤い跡が見えた。


「これがキスマークなんだ……」


(花びらみたい。これが、キスマーク……、所有の証。ん? 待って、所有の証? 所有の証〜〜!?)


「れっ蓮ちゃん、これいつ消えるの!?」


(パパに誤解されたら困るよ!!)


「そうね。その薄さだと二日ってとこかな」


(二日!? 数時間じゃないの!? 困る困る、こまるよ!!)


「蓮ちゃんのばかぁ。何てことしてくれんの!」


 ぽかぽかと蓮ちゃんを叩くが、蓮ちゃんは「気の毒ね。可愛がってもらいなさい」とケラケラ笑うばかり。


(策士め〜! こーなったら、蓮ちゃんにもつけてやるんだから!!)
 

 反対に蓮ちゃんのシャツに手をかけると、私のしようとしていることが分かったのか、今度は蓮ちゃんの方が焦り始めた。


「ちょっと待って、花白っ……」

「待ちません!」


 そして、シャツの胸元を勢いよく開く。
 
 しかしその時、突然教室の扉が開かれた。


「――うお!?」

「えっ? なっ長堀君!?」


 扉を見ると、驚いた顔で長堀君が口を押さえながら立っていた。


「いや……、悪い。霜月からさっきメールでここに来いってきたから。水瀬ってそっちだったのな。見なかったことにする。邪魔したな……」


 視線を逸らしながら長堀君は口早に言い、教室を後にした。


(そっちの人ってなに? あれですか? ガールズラブ……)


「違っ! 違うよ長堀君!!」

「あーあ、だから言ったのに」


 またも蓮ちゃんが人の悪い顔をして笑いながら身支度を整え始めた。


(あれ? けど、長堀君が何か重要なこと言ってたような……)


 『霜月からさっきここに来いってメールがあって』


(霜月からメール……)


「全部蓮ちゃんのせいじゃない!!」


 蓮ちゃんは「やっと気付いたの?」と楽しそうに手に掴んだ携帯電話を揺らしながら私の顔を眺めている。


(〜〜くやしい。いつか負かしてやるんだから!)


――――
―――


「ってわけで、ね? 不可抗力でしょ?」


 ベッドで私を組み敷くパパに「ね?」と訴える。
 私の話しを全て聞き終えたパパは、笑顔で切り返した。


「お仕置きだね」

「―――!?」


 昼間は蓮ちゃんにからかわれ、そのせいで夜はいつ終わるかわからなくなった。

 『可愛がってもらいなさい』

 久々に肌に触れてくるパパの指に酔いしれながら、これも蓮ちゃんの策略のうちなんだろうなと、蓮ちゃんの言葉を思い出していた。



*END*

☆様に捧げます。
キリリク有難うございました。



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