『同い年の息子』



  ――月曜日


(こっ腰が痛い〜)


 あの後、昼過ぎまで付き合わされ、家に帰ってからは寝不足と疲労でダウン。そして見事に腰に来た。


(もう四十代なのに、何であんなに元気なんだろう……。年取ったら淡泊になるか激しくなるって聞いたことあるけど、絶対に信さんは後者だよね)


 そんな訳で蓮は堂々とお昼休み前に登校し、屋上でひなたぼっこをしている。

 授業が始まるまで再び眠ろうと目をつむったその時―――


「霜月!!」


 蓮の名前を呼ぶ声と同時に、勢いよく屋上の扉が開いた。


「おはよ。長堀君。もうお昼だからこんにちはかな?」


 同じ学年の長堀 千早(ながほり ちはや)。
 身長百八十センチ。赤の混じった茶色の髪と、右耳にシルバーの二連ピアス。
 そして、タグネックレスがチラリと着崩したシャツから見えるといういで立ち。

 パッと見は遊び人だが、府内一難関のこの学園でもトップクラスに頭が良い。


「何暢気にしてんだよ。お前のせいだろ? 昨日帰ってくるなり親父はご機嫌だし。早朝からテンション高く起こされるわ、気にしてた期末の成績見に行ったらまた二位だし。全部お前が悪い!」


「…………」


 一気にまくし立てられ、上手く頭が回らない。


(……でも)


「成績は関係なくない? 長堀君の努力が足りないだけでしょ」


 蓮は負けじと言い返す。


「それに、いつも遅刻してるんだから信さんに起こされて良かったじゃない」

「人の親父を信さんとか名前で言うな。寒気がする」


 千早は信の息子だ。
 信とは蓮が十五歳の頃に出会い、「同い年の息子がいるから付き合えない」と告白を断り続けられていた。
 しかし、蓮のもうアタックの末、高校一年の時に受け入れて貰えたのだ。

 千早と蓮は入学して直ぐの学力テストの結果発表時に初めて出会った。
 外部入学生の蓮の元に、千早が乗り込んできたのだ。


『霜月蓮って、誰?』


 初等部時代から常に一位だった千早は今回二位だったことに驚き、一位だった蓮の居るクラスにやって来たのだった。


『私です』


 返事をした蓮の席に、千早がやって来る。
 やって来た千早の顔を見て、蓮は思わず驚いた。


『信さん!?』


 初めて見た千早は、髪色やピアスをしている所は違うものの、顔のパーツや雰囲気は、とてもよく似ていた。


『は? 何で霜月が俺の親父の名前知ってるんだよ』


 訝しげな顔をされ自分の失言に気付いたがもう遅い。蓮は何と言葉を返せばいいのか分からず焦った。


(信さんに「すまないね。あの子にはまだ言えない」って言われたのに……)


 息子に黙っておくことは蓮も賛成している。
 父親が自分と同い年の子どもと交際しているだなんて、せめて成人するまでは知られたくない。


『えっと……、ただの知り合い? みたいな……』


 結局何も思いつかず、視線を逸らしながら苦しい言葉を返す。
 当たり前だが、それで千早が納得する筈もない。


『ふーん。おい霜月。ちょっと屋上に付き合えよ』


 笑顔でそう言われ、有無を言わさず屋上へ連れて行かれ全てを話すことになってしまった。
 今思い出しても頭を抱えたくなる出来事。

 でも全てを話し終わった後――


『楽しそうだから、親父には黙っててやるよ』


 てっきり別れろと責められると思っていた蓮は、千早の言葉に戸惑った。


『俺は責めたり別れろとか言わないし』

『どうして……?』


(口に出していないのに、私の思っていることが分かるんだろう……)


『お前、分かり易いんだよ。それに、最近親父楽しそうにしてるし。霜月は援交目的でもなさそうだし。二人が良いんなら、俺は何も言わないさ』


 当事者同士の問題だからな。……と、そう笑いながら、蓮の存在を認めてくれる千早。
 欲しい言葉をくれるのも信とそっくりで、とても嬉しかった。


――――
――


「霜月?」


 回想していた蓮に、心配そうに千早が声をかけてくる。


(やっぱり、信さんにそっくり)


「なんでもない。昔もこうやって長堀君に呼び出されたよね」


(あれから二年か……)


「あぁ、お前がボロ出した日な」


 フェンスに背を預けながら、少し馬鹿にしたような口調で、千早が呟いた。
 その顔はニヤニヤとしている。


(……こう言う所は、信さんに似てないのよね)


「あんなの不意打ちよ。まさか信さんの息子が一緒の学園だなんて知らなかったもの」

「あのさ、俺は幼稚舎からここなんだけど」


 言外に、お前が勝手に入学してきただけだろうと言われ、その通りで返す言葉もない。
 
 蓮達の通う聖末(せいまつ)学園は有名な難関校で、幼稚舎から大学部までエスカレーター式。
 きっと信は、数多あり高校の中で自分の息子と同じになる確率は低いと思ったのだろう。

 確かに、聖末学園の外部入学の入試レベルの高さは並大抵のものではない。


「まぁ、親父もアレで抜けてるからな」


 何かを思い出したのか、楽しそうに千早が笑う。


(笑ってる顔も、信さんにそっくり……。もう、どうしようもないな、私)


 自分で自分に笑ってしまう。


「お前今、俺の顔を親父と比べただろ」

「何で分かるの!?」


(……相変わらず察し良すぎるよ)


 「だから、顔に出てるんだよ」とブツブツと文句を言っているが、声が低すぎて蓮に届くことはなかった。

 それから暫く話をした所で、予鈴が響く。


「もう時間か。んじゃ、俺帰るから」


 怠そうにそう言いながら伸びをし、扉に向かって行く背中を見送る。

 きっとあの「帰る」は、千早の性格からして「教室に帰る」ではなく「家に帰る」だろう。
 千早は高校生という身でありながら、ゲームプログラマーという仕事もしている。
 今日の午前中が納期だったようだ。

 今度こそ誰も居なくなり、蓮は瞳を閉じた。
 静かになれば意識はすぐに遠ざかって行き、蓮は麗らかな春の日差しの元、眠りに落ちていった――



*END*



NEXT 君色TOP