『Bitter Valentine』菖蒲×小牧(バレンタイン企画)
別に期待していた訳では無い。あわよくば貰えれば良いなと思っていただけだ。
「はい菖蒲君。バレンタインのチョコ」
社員の集う社食で、B定食のカキフライを箸でつついていた菖蒲に、そう言ってチョコを差し出して来たのは同僚兼恋人の小牧だった。
「おう、サンキュー……って、ア●ロかよ。せめて包装ぐらいしろよ……」
手渡されたのは子どもの頃に良くおやつに食べたロケット形のチョコだ。上がイチゴチョコ、下が普通のチョコの二層になっている。
「こんな美人から貰えるだけで十分でしょう? 喜ばれこそすれ、文句を言われる謂れは無いわよ。過度なラッピングは開封時に落胆するしね。私がそんな手間かけるわけ無いでしょ」
自分の容姿を理解している小牧はサラリと口にし、自身の注文したミックスサンドを口に運んで行く。
「お前な……」
(自分で美人とか言うなよ……)
菖蒲が小牧に呆れていると、菖蒲達のいるテーブルの傍らに誰かが立った。
―――如月だ。
「お疲れ様。理彩ちゃん、菖蒲君」
これから外に出るのか、手には小さな紙袋と書類ケースを持っている。
「お疲れ、如月」
「お疲れ様、凌。その様子じゃ、今から社長のお供よね? どうかしたの?」
「うん。理彩ちゃん、はいバレンタインのお菓子。今年もペ●ちゃんのほっぺで良かったんだよね?」
そう言って、手に提げていた小さな紙袋を小牧へと差し出した。
どうやら友チョコらしい。
「有難う凌。不●家のあれ大好きなの。はい、これ私から。今年はゴディ●にしてみたの」
小牧も自身のバッグの中から有名なブランドのロゴの入った小さな紙袋を取り出し、如月に手渡した。
「わぁ〜、ゴディ●!? 大好きなの! 有難う理彩ちゃん! 大切に食べるね!」
「んも〜、昼間っから可愛いわね凌。百貨店まで行って買って来た甲斐があったわ」
母性本能を擽られた小牧は椅子から立ち上がり、エヘヘと嬉しそうに笑う如月を思わず抱き締めた。
如月も嬉しそうに抱き締め返している。
(女って、よくもまぁ公衆の面前で抱き合えるよな……。ヤロー同士なら間違い無く誤解されるな)
食後のお茶を啜りながら、菖蒲は二人のやり取りを黙って眺めていた。
「じゃぁ私、これから外だからもう行くね。菖蒲君へのチョコは清(きよ)君に渡してくれる様に頼んであるから受け取ってね」
「そうなのか? 悪いな、サンキュ」
(っておいおい如月弟の奴、んな事朝から今まで一言も言ってなかったぞ)
朝から顔を合わせていたのに、仕事上がりに彼女とバレンタインデートするのだと言うノロケ話を聞かされただけだ。
きっと浮かれ過ぎて如月からの預かり物を忘れているに違いない。
(よし、戻ったら一発殴っとくか。それにしても……)
如月が去り、小牧が椅子に座ったのを確認し菖蒲は口を開いた。
「ちょっと待て、何で如月にはゴディ●のチョコで、俺にはア●ロなんだよ。一緒に買えよ」
中身よりも気持ちが大切だと頭では分かっているのだが、それでも恋人へのチョコよりも友チョコの方が明らかに豪華なのが気に入らない。
何故友チョコが百貨店等でしか買えない結構な高級チョコで、恋人へのチョコがコンビニでも買えるお手頃価格のチョコなのだ。
「だって仕方ないじゃない。昨日凌のを買って、菖蒲君の買って無いことに気付いたの今朝だったんだもの。通勤途中にコンビニ覗いたけどバレンタインチョコは無いし、目についたア●ロ買うしか無かったのよ」
「俺は如月以下かよ!?」
(つーか、やっぱりコンビニチョコかよ!)
「うっさいわねー。私そろそろ交代の時間だからもう行くわよ。凌とは毎年交換してたんだからこの時期になると思い出すのよ。それに比べて菖蒲君は海外だったから必要無かったし、頭から抜けてても仕方ないでしょ!」
「―――!?」
ショックの余り呆然とする菖蒲を前に、「じゃぁ私、急ぐから」と空になった皿の乗ったトレーを手に、小牧が席を立った。
しかし、先程の言葉にショックを受けている菖蒲の耳に小牧の言葉が届く事は無かった。
「俺が如月以下……、俺が……」
どうやら菖蒲のかつての想い人は、いつの間にか最大のライバルになっていたらしい……
菖蒲が現実世界に帰還するのは、それから約十分後。昼休みの終了を告げるベルが鳴り響いてからのことだった。
*END*
オマケ
「オラッ、如月! 姉から頼まれた俺宛のチョコ渡しやがれ!」
「ギャッ! なんスか主任! 叩かないで下さい。痛いっスよ! チョ、チョコなら、今朝俺寝坊して朝飯食いっぱぐれたんで通勤途中に食べちゃったっス……」
「はぁぁ!?」
「いいじゃないスか別に。主任彼女居るんスから」
「……因みに、何のチョコだった?」
「ゴディ●だったっス。しかもオレンジピール。いやー、旨かったっスよー」
「よし、如月。お前、今日中にこの書類書き直し。ついでこれに関する資料も作れ。それも今日中」
「へっ? やっ、無理っスよそんなの! 今夜俺デート……」
「知らん、聞こえん。無理は禁句。デートよりも生活の為に仕事優先。ほら、さっさとやれ!」
「鬼だ……、鬼がここに居る……」
「鬼はテメーだ! この馬鹿春が!」
「―――ィデッ!」
*END*
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