『菖蒲と清春の受難』(ホワイトデー企画)
三月十四日。
ホワイトデーと言うこともあり、如月清春の所属する海外事業部は始業前から賑やかだった。
海外事業部では、バレンタインのお返しとして男性社員一同から女性社員一同にポーチを贈った。
男性社員の中には、それとは別に自分で用意したお返しを手渡している人もいる。
清春も姉のアドバイスで、テディベアのマスコットストラップと、四葉のクローバーの飾りのついた金色のお洒落なスプーンがセットになったギフトを人数分用意していた。
ギフトの入った大きな紙袋を持って部署の出入口に立ち、出社して来た女性社員達にギフトを手渡して行く。
「お早うございます。これ、俺からのバレンタインのお返しです」
「わぁ可愛い。如月君、ありがとね」
「どういたしまして。あ、机の上に男性社員からのお返し置いてありますから」
「あら、今年は何かしら?」
「それは開けてからのお楽しみっスよ」
「ふふ。それもそうね、楽しみだわ」と中に入って行く女性社員を笑顔で見送り、新たに袋の中からギフトを一つ取り出す。
(始業五分前。残り三個か……。まだ仲良し三人組が来てないってことは、またどこかでお喋りしてんだな)
部署内の仲良し三人組の顔を思い浮かべ、清春は眉間に皺を寄せた。
清春よりも数年先輩である彼女達は仕事上では非常に頼りになるのだが、ある出来事をきっかけに彼女達に苦手意識を持つようになった。
その出来事は海外事業部の新入社員歓迎会の時に起きた。
酒には比較的強い清春だったが、三人組の女性社員に酌をされるままビールや度数の強いウイスキーを呑んだ結果泥酔してしまったのである。
いつもなら自分のペースを見失わないのだが、彼女達も清春と同じくらい呑んでいるのにも関わらず、顔色が変わることもなく呑むペースも変わらない為、もう呑めないと言うことが出来なかったのだ。
しまいには三人組は全く酔えないと言い出し、こんなこともあろうかと…と、その内の一人が鞄の中からウォッカを取り出す始末。
断れず、グラスに並々と注がれたウォッカを一口呑んだ所で、意識がプッツリと途切れた。
次に目が覚めた時には自宅のベッドの上で、激しい頭痛に枕から頭が上がらなかった。
姉の話によると、タクシーで帰って来たらしい。
どうやら誰かが清春の免許証で住所を調べ、運転手に伝えてくれていたようだ。
後に分かったことだが、タクシー代は部長に怒られた酒豪女三人組がお詫びに払ったらしい。
消し去りたい過去の回想を終え、清春は大きな溜め息を吐いた。
「朝っぱらからデケー溜め息吐くんじゃねぇよポチ」
掛けられた声と共に、頭を軽く叩かれる。
海外事業部主任・菖蒲一慶様のお出ましだ。
女性社員へのお返しが入っているのか、手には有名百貨店のロゴの入った大きな紙袋を持っている。
「菖蒲主任! 俺はポチじゃくて如月清春っスよ!」
「あーはいはい。ポチな、ポチ。分かってるよ」
「全然分かってないじゃないスか!」
「お前、ここより営業部向きなんじゃねぇの? 無駄に元気だし、転属願い出してみるか?」
「嫌っスよ。営業は足が臭くなりそうじゃないスか。俺は水虫なんてごめんスよ」
去年の夏、営業部に配属された同期から水虫になってしまったと告白され、営業部に希望を出さなくて良かったと思った。
「お前……、それ偏見だろ。会社の為に汗水流して頑張ってる印じゃねぇか。因みに、水虫は革靴履いてる俺達もなる可能性十分あるからな。つーか、体育会系の口調した奴がんなこと言うのかよ」
「いいんスよ。俺、運動部って言っても弓道部だったんで、汗だくとは無縁でしたから」
「あーそう。ま、どうでもいいか。それよりも俺はいい加減、中に入りたいんだけどな?」
「あっ! スンマセン。俺、菖蒲主任に渡したい物があったんスよ」
立ち話をして、菖蒲の進路を塞いでいることを注意され、清春は本来の目的を思い出した。
ゴソゴソと紙袋の中から、有名チョコブランドの袋を取り出し、「どうぞ…」と菖蒲に手渡す。
「これ、バレンタインデーのお詫びっス。しーちゃんにちゃんとお詫びしなさいって叱られたんで……。ゴディ●のチョコっス」
バレンタインデーの前日、凌から菖蒲宛てのバレンタインチョコを預かった。
しかし、翌日に寝坊してしまい、朝食抜きで家を出たのだが、空腹に耐えきれず預かったチョコを食べてしまったのだ。
当然凌に叱られ、ホワイトデーにお詫びの品を贈ることにした。
「しーちゃんって、如月のことか? お前等本当に仲良いな。ゴディ●とはお前にしては気が利くな。サンキュー、バレンタインのことはチャラにしてやるよ」
どうやらお気に召したようだ。無事に目的を果たし、ホッと息を吐く。
(気に入らないって叱られたらどうしようかと思った……)
ゴディ●のチョコは凌が良く買っているブランドだから買ってみたのだが、菖蒲も好きだったらしい。
(後は三人組か……。そろそろ始業ベルが鳴るのに、まだ来ないのか。遅刻かな……)
「あっ!」
チラリと菖蒲の背後を見て、清春は声を上げた。
菖蒲の後ろに、三人組の女性社員が口元に手を当てて立っているではないか。
声につられるように、菖蒲も後ろを振り返る。
「お前達、そこで何してんだ? 早く入らないと遅刻だぞ」
菖蒲が注意しても、女子社員三人組はニヤニヤとした顔で菖蒲と清春を見るだけで一向に動く気配がない。
「見ました?」
「えぇ、バッチリ。まさかって感じだけど、アリっちゃアリよね〜」
「やだぁ、美樹(みき)さんたら〜。でも、私も菖蒲主任と如月君ならアリかもって感じです。けどビックリですよね、菖蒲主任と如月君がそっちの人だったなんて〜」
「まぁね〜、社内では隠してるのかもよ?」
「きゃっ! 秘密の恋ってやつ!? 残業にみせかけて夜のオフィスでデートとか!」
「「きゃぁ〜」」
(一体この人達は、何の話をしているのだろうか……)
盛り上がる三人組の会話を頭の中で反芻するのだが、脳が理解することを拒絶する。
救いを求めるように菖蒲を見ると、菖蒲も脳が拒否したのか呆然としていた。
だが、立ち直りが早かったのは菖蒲の方だった。
「こらそこの妄想女三人組! 変な妄想ばっかしてんじゃねーよ。誤解に決まってんだろ! コイツの姉貴が俺の同期で、俺宛てのバレンタインのチョコをコイツが食っちまったから、お詫びに持って来ただけなんだからな!」
「そ、そうっスよ! それに、俺にも主任にもちゃんと彼女居るんスから!」
必死で誤解を説こうとする菖蒲と清春。
だが、そんな言葉も彼女達には屈曲して伝わってしまうらしい。
「やーねー主任たら。そんな必死に言い訳しなくてもいいですって」
「そうそう。愛の形は人それぞれですもの」
「けど、カモフラージュ彼女は駄目ですよ。もういっそ朝礼でカミングアウトされては如何ですか?」
「「だから、違うって言ってるだろ!」」
始業ベルの音と同時に、海外事業部に菖蒲と清春の怒声が響き渡った。
*END*
オマケ
【社食にて:菖蒲】
「ねぇねぇ菖蒲君! 凌の弟君に迫られたって本当!? 女子社員の間ではこの話で持ちきりよ! 面白いネタだけど、実際のところはどうなの?」
「お前もか小牧! されてねーし、全然面白くねーよ!」
*END*
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