『飴細工』(ホワイトデー企画)



 ――三月十四日



 毎年、不思議に思っていたことがある。


「はい、優実さん。バレンタインのお返しです」


 ホワイトデーである今日は、土曜日で学園は休み。その為、優実は仕事を終えた帳と待ち合わせて食事に出掛けていた。
 行きつけのレストランでディナーを食べ終わって食後の紅茶を飲んでいると、帳が綺麗にラッピングされた長方形の箱を優実に差し出した。


「有難う。開けてもいい?」


 帳が頷くのを待って、包みを開ける。
 箱を開けると、中には向日葵の形を模した飴細工が入っていた。
 

「わぁっ! 今年は向日葵なのね」


 透明なフィルムに包まれた薄い黄金色の飴を手に取り、優実はその綺麗な細工をライトに透かして眺めた。
 
 優実が毎年帳にバレンタインのチョコを贈る様に、帳からも毎年ホワイトデーにお返しが贈られて来た。
 それは決まって花の形を模した飴細工で、毎回違う花。

 父や男友達からはマシュマロや普通のキャンディーなどが多かった為、職人の手によって丁寧に作られた飴細工が印象的だった。


「去年はベラドンナ・リリーでしたね。その前は野薊(ノアゼミ)」

「よく覚えていらっしゃいますね」

「覚えてるよ! 誰かさんはバレンタインにチョコいっぱい貰って、どれが私のか覚えてないだろうけどね」


 感心したような帳の言葉に、優実は嫌味を込めて言葉を返した。だがそれはずっと思っていたことだ。
 帳は毎年社員から沢山チョコを貰っている。その中には、きっと本命も含まれているだろう。


(きっと沢山のチョコに紛れて、私の渡したチョコなんて覚えてないに決まってる。今までは義務として渡していたから、全く気にならなかったのになのに、どうして今はこんなにも気になるのかしら……)


 気付かぬうちに眉を寄せる優実に、帳はクスリ…と笑った。


(何を考えているのか、手に取るように分かりますね)


「覚えてますよ。去年はリベラのトリュフチョコ、一昨年はフォルテのマカロン、その前はアリスのチェス型チョコでしょう?」


「帳さん……」


(覚えてないと思ってた。だって、心の込もったチョコではないと、帳さんは気付いているはずだから……)


「貴女から頂いた物は、きちんと覚えていますよ。この花が、私の気持ちですから……」


 慈しむように、帳は優実が手に持つ向日葵の飴細工を見つめた。


「この花が、って? 前から不思議に思っていたんだけど、どうして飴細工なの?」


 意味が分らず帳を見れば、帳は「でしょうね……」と少し残念そうに溜め息を吐き、言葉を続けた。


「優実さんは野薊や向日葵の花言葉を御存知ですか?」

「ううん、知らない」


(飴細工と花言葉が、何か関係しているの?)


「野薊の花言葉は、“私をもっと知って下さい”。ベラドンナ・リリーは“ありのままの私を見て”って言うんですよ」


 “私をもっと知って下さい”

 それは、どうせ結婚するのだからと、帳を知ろうとしなかった優実へのメッセージ。



 “ありのままの私を見て”

 これは、周囲の噂を通してからしか、帳を見ることのなかった優実への願い。


「こればっかりは私の口からは優実さんには言えませんから、花に託してみたんですが……。今の女の子には分かり難いですね」


(確かに、当時の私はきっと帳さんの言葉なんて聞き入れなかった)


「ごめんなさい……」


 知りたくなかった。知って何かが変わるのが怖かったから。
 だから彼を見ようとしなかった。
 今ならそれが、どれだけ傲慢なことだったのか分かる。

 貴方はこんなにも私の事を考え、想ってくれていたのに……


「泣かないで下さい。今はこうして貴女に受け入れられているんですから……」


 そう言って、気づかず頬を伝っていた涙を優しく指先で拭ってくれる。


(いつだってそう。帳さんは優しい言葉をくれる……)


「そう言えば、向日葵の花言葉を伝えていませんでしたね」


 拭っていた指が、今度は頬を包み込むように這わされ、引き寄せられる。
 そして、耳元で低く囁かれる言葉。


「―――――」

「―――っ!?」


 その言葉に、また涙が溢れてくる。


「私だって、私だって……、今は同じです。これからも……」


 嗚咽を堪えて告げれば、彼は嬉しそうに笑ってくれる。



 ―――ねぇ、帳さん。どうして貴方の言葉一つで、こんなにも心が満たされるのかな?


 これからも私は、貴方がくれた花を見かける度に今の言葉を思い出すのだろう……




 “私の目は、貴方だけを見つめています”


 私も、貴方だけを見つめて行きます―――


 貴方は私の、運命の人だから……



*END*



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