『手作りチョコと市販チョコ』(バレンタイン企画)



 ―――二月十七日


「はい、先生。遅くなったけど、バレンタインのチョコレート」

 そう言って、優実はファントムに綺麗にラッピングされたチョコレートを差し出した。

「あ、有難うございます」

 受け取った箱を見て、ファントム首を傾げた。

「チョコなら土曜日に頂いていますよ?」

 先週の土曜日、帳は優実と一緒に食事をした際にバレンタインのチョコレートを貰っていたのだ。

(それなのに何故再びチョコレートをくれるんでしょう。優実さんは相変わらず謎ですね……)

「え? だってそれは帳さんじゃなくて《ファントム先生》へのチョコだもん。去年も帳さんにも先生にもチョコ渡したじゃない」

 「実験に使った試験管を棚に戻し、忘れちゃったの?」と優実は呆れたように言った。

 確かに去年、帳は優実から二つチョコレートを貰った。
 しかしそれは優実が帳とファントムが別人だと思っていた頃の話であり、帳も《婚約者》としてと《教師》として受け取ったのだ。

 優実が正体を知った今、わざわざ《ファントム》にチョコを渡す必要は無いのではと帳は思うのだが……

「優実さんは私の正体を知っているのですから、チョコは1つでいいはずではないですか?」

「帳さんは《帳さん》、先生は《先生》だもん。私は土曜日に婚約者である《帳さん》にチョコを渡したの。これは、聖末学園高等部の化学教師《ファントム先生》に渡したものなの」

(つまり、優実さんの中では《教師》としての私と《婚約者》としての私は今までと変わらず別々の存在なのですね)

「開けても構いませんか?」

 優実の了承を得て、包みを解いて蓋を開ける。
 中に入っていたのは、手作りのチョコドーナツとラムレーズンを挟んだクッキーだ。
 去年は同じく手作りのガトーショコラとチョコバナナマフィンだった。
 どれも見た目も綺麗で味も良かったことを覚えている。

「美味しそうですね。紅茶を淹れましょう」

 ファントムは優実に鍵のかかった棚から未使用のビーカーを用意するように指示し、ガスバーナーとポット、紙コップや茶葉などを準備した。 
 今日の紅茶はアールグレイだ。

「やっぱりアールグレイはミルクティーが一番よね」

 優実の為に自動販売機で買っておいた紙パックの牛乳を使い、甘めのミルクティーを手渡す。 
 優実はフゥフゥと念入りに息を吹き込んでからコップを口に運んだ。

(まるで小動物ですね……)


 熱さを我慢して一口飲んだ瞬間の優実の綻んだ顔を見て、ファントムは心の中で思った。
 そして自身も、仮面の口元を下にスライドさせ、ラムレーズンサンドを口に運んだ。
 口に入れると、クリームの程よい甘味とラム酒を含んだブドウの香りが口に広がる。

「美味しいですよ」

「本当っ!? よかったぁ! ラム酒の漬けがあまかったかなぁって思ってたんだけど……。今年は先生にラムレーズンサンドを贈ろうって去年から干しレーズンをラム酒に漬けて準備してたの」

(私の為に去年から……?)

 ただの教師の為に、一年も前から準備されていたことにファントムは驚いた。
 それは嬉しいことの筈なのに、心の中にはそれを許せないもう一人の自分が居る。

「優実さんは本当に《ファントム》がお好きなんですね」

「先生?」

 突然の問い掛けに、優実は意味が分からず不思議そうに首を傾げた。

「婚約者としての私には、今年も去年も市販のチョコレートだったじゃないですか」

 婚約者になってから、優実からは義務のように毎年に市販のチョコレートが送られて来た。
 それも毎年、有名ショコラティエの作る高級チョコだ。
 しかし、何故か今年は聞いたことのない店名のチョコだったが。
 何故婚約者としての自分が《市販のチョコレート》で、ただの教師であるファントムが《手作りお菓子》なのかが納得出来ないのだ。

「だって、帳さんは教師になりたかったんでしょ? だから、先生には手作りなの。帳さんには両親から毎年贈るように言われてたから高いチョコ買ってたし、今年から急に手作りで変に勘繰られたら嫌だもの。だから今年はちゃんと自分でチョコ試食して選んだのよ」

 「おかげでちょっと太っちゃったんだからね」と優実は少し頬を膨らませた。


『帳さんは教師になりたかったんでしょう? だから先生は手作りなの』


(どうして君は、そんなに簡単に私の欲しい言葉をくれるのでしょうね)

 《ファントム》に嫉妬していた自分が恥ずかしくてなる。

「私はどんな優実さんでも好きですよ。私が好きなのは君の内面ですからね」

(これはいつか、君が私に言ってくれた言葉―――)

 仮面を外して微笑みながらそう告げれば、君も照れたように微笑み返してくれる。
 照れた顔が可愛くて、ファントムは優実の顎に指をかけて引き寄せた。

「んっ! はっ……、ぁんぅ……」

 口を唇で塞ぎ、口づけを交わす。
 甘い、ミルクティー味のキス。

「ぁん……、ふっ……」

 唇を解き、トロンとした優実の瞳を見つめる。

(いつだって私は優実さんに躍らされてしまいますね。でも……)

「私の正体に気付く前からファントムには手作りチョコでしたね? 何故市販のものではなかったんですか?」

 にっこりと微笑めば、優実は顔を強張らせた。

「―――!? あの、えっと…あ、ほら先生まだチョコドーナツ食べてないよ?」

 優実は話を逸らそうとするが、勿論帳には効かない。
 そんな優実を見て、ファントムは意地悪く微笑んだまま椅子に座る優実の背中と膝裏に腕を回した。
 そのまま実験机に優実の腰から上を乗せ、両足の間に自身の体が来る様な体制をとる。

「そう、じゃぁ頂きましょうか。優実さんを」

「えっ!? ちょっ、待って先――」

 驚く優実を押さえつけ、再び優実の唇を唇で塞いだ。

(来年はきっと、手作りチョコを二つ用意して頂きますよ)


 覚悟してて下さいね……?

 ファントムと同じくらい婚約者である私も好きにさせてみせますから。


 ――Happy Valentin's Day?



*END*


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