『Buon San Valentino!』(バレンタイン企画)
ニ月十四日、仕事から帰宅した信は息子から手渡された小包に顔を綻ばせた。
(……蓮)
小包は、信の愛する年下の恋人のからの贈り物。
中身はバレンタインのチョコレートだ。今年は出張で手渡せないから送ると言われていた。
心の中で蓮の名前を読んだだけで、一日の疲れが和らぐ気がするから不思議だ。
洗面所で手洗い嗽をしてから、リビングで上着とネクタイを外しソファの背に掛ける。首の締め付けが無くなり、帰宅したことを実感する。
「親父、メシ食えよ」
千早の声にダイニングテーブルを振り返ると、信がいつも座る席のに夕飯が乗ったトレイが置かれている。
今夜のメインは鶏モモ肉の照り焼きのようだ。野菜サラダの上に湯気を立てる鶏肉が乗っている。
他には冷凍していたグリンピースを使った豆御飯、煮物、ワカメと豆腐の入った味噌汁が並べられている。
千早は既に食べたのか、向かいの席には珈琲と誰かから貰ったお菓子が置かれている。
手作りだろうか、チョコカップケーキとトリュフチョコのようだ。
焼き上がりの膨らみを計算仕切れず、カップから溢れ出た生地が微笑ましい。
「すまないね、千早。明日は休日だから、家事は任せてゆっくりしておくれ」
「二人きりなんだから手の空いた方がすんのは当たり前なんだよ。風呂沸いてるからさっさとメシ食ったら入れよな。親父が入らなきゃ俺が入れないから」
「ふふ。有難う、千早」
ぶっきらぼうな言葉に信は苦笑した。
(……相変わらずのひねくれようだね)
平日はどうしても千早に家事の負担をかけてしまう。
洗濯は朝回して乾燥まで行い、夕食の買い物をして帰宅した千早が畳み、夕食を作って風呂を沸かす。
千早も忙しい時は料理に手が回らず惣菜やデリバリーになるが、良く出来た息子だと思う。
まだまだ甘えたい盛りに母親を亡くし、多少グレて髪を金色に染めたり耳にピアスをジャラジャラつけたりする様になったが、根は真面目で世話好き。
今時毎日父親に一番風呂を勧める男子高生も珍しいだろう。
暖かな食事を食べ終わると、タイミング良く熱いほうじ茶を差し出される。
お茶を飲みながら先程受け取った小包を開けると、小さなメッセージカードとチョコの入った箱が入っていた。
(おや……?)
有名洋菓子店のロゴがプリントされた包装紙に、信は首を傾げた。
(今年は手作りだと言っていた筈なんだがね……)
出張の準備で時間が無かったのだろうか。
味はともかく、恋人からの手作りのプレゼントは嬉しいものだ。それだけ相手が好きな証だと信は思っている。
少し残念に思いながらメッセージカードを開く。
文章を読み、信はクシャリとカードを握り潰した。
『課題の提出有難う。お礼に長堀君の好きなメーカーのチョコを贈ります。霜月 蓮』
蓮はニつチョコレートを送って来ていたのだ。信と千早の分を。
そう言えば宅配伝票が小包に付いていなかったことを思い出す。
恐らく伝票の貼られた大きな小包の中にニつの小包が入っていたのだろう。
と、言うことは……
(やってくれるね……、千早)
「千早、そのチョコは蓮から貰ったのかい?」
負のオーラを纏い、信は千早にニッコリと低い声で問うた。
途端、向かいに座る千早が身体をビクリと震わせる。
「え? そうだけど……。手作りっぽいけど義理だから安心しろよ。俺には今日の課題提出のお礼に市販のチョコ渡すって言ってたのに、親父のついでに纏めて作ったんだろ」
例えついででも恋人が自分以外の男にチョコを渡すなんて気に入らないだろうと、千早は信を気遣い最後のトリュフを慌てて口に運んだ。
それが父親を怒らせることとも知らずに……
空の箱を見て、信は拳を握り締めた。険悪な空気が部屋を包んで行く。
「千早、ここに蓮のメッセージカードと市販のチョコの入った箱があるんだが、どうやらお前宛のようなのだがね?」
「…………っ!?」
信が『お前』と口にするのは珍しい。それは即ち、怒りのボルテージが高いことを指す。
本来信に渡るべき手作りチョコを誤って食べてしまったのだ。悪気が無くとも分が悪い。
弁解することも出来ず、千早はゴクリと喉を鳴らし信の言葉を待った
「罰として事務所の雑用を一ヶ月間して貰おうか、書類整理にデータ化。雑務は沢山あるからね。丁度仕事も暇な時期のようだしね」
「ゲッ! 一ヶ月!? 長くね?」
「そうか、休日も一人で出勤してくれるのかい? 休日は裁判所が休みだから事務所も休みなんだが、若いと体力が有り余っているから平気なのかな」
「……ごめんなさい、一ヶ月間宜しくお願いします」
貴重な休日を返上してまで雑用するよりはマシだと千早は頷くしか無かった。
勘弁してくれと頭を下げる千早の姿に、多少溜飲が下がる。
「では宜しく頼むよ。私は風呂に行くから後片付けを任せたよ。市販のチョコはお前への贈り物だから受け取っておきなさい。私が食べては意味が無いからね」
「……はい、頂きます」
ションボリと落ち込む千早に告げ、信はリビングを後にした。
(少し灸が強すぎたか……。息子にあたるとは、私もまだまだだね)
可愛さ余って憎さ百倍。
明日の朝食は反省している千早の好きなサンドイッチを作ってあげようと決め、信は今度こそ浴室に向かって歩き出した。
*END*
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