「新年の願い事」



 一月二日の早朝。レイヴンは予約していた恋月姫のメンズ福袋を古川家に取りに来ていた。

「明けましておめでとうございます、沙羅女史。今年も宜しくお願いしますね」

「あぁ、考えといてやるよ」

「……何故そんなに偉そうなんですか」

(この場合は新年の挨拶を返すのが普通でしょうに……)

 出迎えに出た彼女らしい言葉に、新年早々苦笑した。
 ダイニングへと案内され、ダイニングテーブルの椅子に座るよう促される。
 椅子に座って沙羅がキッチンで珈琲を淹れる姿を何気なく眺めていたレイヴンは、ふと浮かんだ疑問を口にした。

「義皇と凪君はどうしたんです?」

「二人とも義皇の実家で療養中。あんにゃろう、明日から店開けるってのに初詣でインフルエンザなんざ貰って来やがってよ。新年早々使えないヤローだぜ。こんなことなら凪を連れて行かせなきゃ良かった」

 初詣には人が多く集まる為、菌を貰いやすい。インフルエンザだと気がつかずに参拝した客にうつされたのだろう。

「インフルエンザですか……。義皇はともかく、凪君は心配ですね。沙羅女史は一緒に初詣に行かなかったんですか?」

 先程、沙羅は凪を“連れて行く”ではなく“連れて行かせなければ”と言っていた。と言うことは、沙羅は行かなかったのだろう。

 淹れたての珈琲の入ったカップをテーブルの上に置いた沙羅が、向かいの席に座った。

「あぁ。だってさ、あの人混みの中神社行くのメンドくさくね? だからここ数年は行ってない。行くだけ無駄だし。どーせ願いなんか叶わないしさ」

 ケッ…としかめっ面で珈琲を啜る沙羅に、レイヴンは苦笑した。

「沙羅女史にしてはやけに消極的ですね? 叶うかもしれないじゃないですか」

 神社で願いが叶うように祈り、自分でもその願いが叶うように一年間努力するものなのではないだろうか。

 言った瞬間、沙羅が殺気を放ちながらテーブルの上を拳で叩いた。ドンッと大きな音が室内に響き、カタカタとカップとソーサーが小さく音を立てる。

「叶わなかったからアイツと結婚しちまってんだろーが! 何の為に小学生の頃から毎年毎年『義皇が心変わりしますように!』って、お賽銭箱に十五円を入れてたと思ってんだっつの!」

「……十五円? あぁ、十分にご利益がありますようにって事ですか。神様が願いを叶えるには安過ぎたんじゃないんですか? それにしても、毎年それを願っていた事に驚きですよ」

(まさか神頼みをする程に義皇を嫌っていたとは……)

 沙羅はリアリストだ。願いは自分で叶えるものだと思っているし、神等の姿・形の見えない不確かなものを信じてはいない。
 その沙羅が、神頼みをする程に義皇との結婚を嫌がっているとは知らなかった。

(まさに藁にもすがる思いだったんですね……)

 そんな彼女の努力の甲斐も虚しく、レイヴンも全く悪気はなかったとは言え、沙羅と結婚すると言う義皇の野望の手伝いをしてしまった。
 今更ながらに罪悪感が沸いてくる。

「……なぁ、レイヴン。来年、賽銭箱に百万入れたら義皇と離婚出来るかな……?」

 暫し沈黙していた沙羅が真剣な面持ちで呟いた。
 どうやら先程の、『神様が願いを叶えるには安過ぎた』と言う言葉について考えていたらしい。

「百万て……、どんだけ必死なんですか。知りませんよ。そんな真顔で言わないで下さい。叶わなかったって俺のせいじゃありませんからね」

 恐らく、いくら賽銭箱に札束を入れようと、沙羅の願いは叶わないだろうとレイヴンは思った。



*END*

 義皇は反対に、毎年欠かさず正月の神社の他に縁結びの神社に赴き「沙羅と将来結婚出来ますように」ってお願いしておりましたとさ(´・ω・`)
 今は「沙羅と離婚せずにすみますように」とお願いしているとか。義皇の粘り勝ち?



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