「○○するまでキス禁止!!」堤 英
最近花白ちゃんの様子がおかしい。
「ただいまー」
玄関の開閉の音と共に聞こえて来た声に、英は夕食の支度をしていた手を止めて玄関へと向かった。
「お帰り、花白ちゃん。今日のお弁当はどうだった? おやつ食べるよね? 準備しておくから、着替えたらおいで」
玄関でお弁当箱を受け取り、感想を聞くのが日課になっている。
そして、キッチンで空の弁当箱を見るのが英の密かな楽しみだ。自分の作った弁当を残さず食べてくれるのは嬉しい。逆に残していれば、味付けが悪かったり量が多かったのだろうかと次回に向けて考える。
「あのね、ロールキャベツが美味しかった。明日はワカメご飯がいいな。おやつは今日はいいや。飲み物だけ貰うね」
「そう? 分かった」
これなのだ。
「じゃぁ、着替えてくるね」と階段を上がって行く背中を見送りながら思う。
今までは毎日欠かさずおやつを食べていたのに、ここ最近全く食べなくなってしまったのだ。
(ダイエットかな……)
年頃になると、女の子は体型を気にするようになるものだと言う。
英からしてみれば花白はもう少し太っても良いくらいだと思うのだが、乙女心を理解するのは難しい。
(ダイエットのやり過ぎは駄目だけど、もしするつもりなら、僕も食事でサポートしないと……。今日の夕食はハンバーグだけど、味噌汁用に買っておいた豆腐を入れて、豆腐ハンバーグに変更しよう)
頭の中で献立を変更しながら、英は飲み物の準備をするべく弁当箱を片手にキッチンへと戻って行った。
「はい。今日はアイスレモンティーにしてみたんだ。花白ちゃんはいらないって言っていたけど、バナナマフィンも一応、ね? もし食べれたら食べて」
チェック柄の赤いシャツにサスペンダーとベルトリボン付きの黒いショートパンツ、黒いオーバーニーソックスに着替え、ソファに座った花白の前に飲み物の入ったグラスとマフィンの乗ったトレイを置く。
「……ア、アイスレモンティー?」
「そうだよ。今日は少し暑かったからね。花白ちゃん、アイスレモンティー好きじゃなかった?」
どちらかと言えば、花白はホットよりもアイスの方を好んでいたと記憶している。
それなのに目の前に座る花白は、テーブルに置かれたグラスを見て困ったように眉を寄せた。
やはり最近の花白は様子がおかしい。
(好みが変わったのかな……)
「う…ううん。好きよ。ただ、最近はホットの気分かなって。えっと、その…ちょっと肌寒いし……」
「肌寒いって……、風邪の引き始めかな? 頬っぺたも少し赤いし。大丈夫? 酷くなる前に一度病院へ行った方が……」
言われてみれば、頬っぺたが少しぷっくりしているような気がする。
(熱を持っているのかもしれないな……。今まで気が付かなかっただなんて……)
言われるまで気が付かなかった自分に腹が立つ。彼女と一緒に住んで毎日顔を合わせているのに、体調の変化に全く気が付かなかった。
「だっ、大丈夫だよ! 病院だなんて大袈裟! ほらっ、寝てれば治るから! ……ね?」
「本当に大丈夫? 熱持ってそうだけど……」
平気だよ…と、花白が慌てて両手を振るが、自分を心配させまいとする思いが伝わって来て、尚更心配になる。
右手を伸ばし、その赤い左頬に触れた。
その瞬間―――
「痛ぁぁぁぁい!」
リビングに花白の悲鳴が響いた。
軽く触れただけだと言うのに、この悲鳴。英は思わず自分の右手を見た。
「花白ちゃん……まさか……」
おやつを食べなくなり、冷たい飲み物よりも熱い飲み物を好むようになった。
そして、頬がぷっくりと熱を持って腫れている。
「……その腫れ、風邪じゃなくて虫歯?!」
「うぅ〜〜〜」
両手を頬に当て、涙目で花白が頷いた。
「花白ちゃん、虫歯は歯科医院に行かないと自然には治らないんだよ……」
「だって、怖いもん」
「ほうっておくと更に怖いことになるよ。虫歯ちゃんと治すまではキスしないからね」
「そんなの嫌!」
「じゃぁ今からでも歯科医院に行こう。虫歯はキスで移っちゃうんだよ。大丈夫、僕も一緒に行くから。怖くないよ。治ったら、いっぱいキスしよう?」
「本当? キスいっぱいしてくれる?」
目に涙を滲ませたまま見ないで欲しい。
今にも本格的に泣き出しそうな目で見つめられると、口付けて慰めたくなってしまう。
「花白ちゃんがもう止めてって言うくらいキスしてあげるよ。だから早く治そうね」
(僕がキスするのを我慢できている内に……)
虫歯を治すまではキス禁止。
一方はキスをして欲しいのを我慢し、また一方はキスしたいのを我慢する。
どちらにとっても、暫く続きそうな辛い日々―――
*END*
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