「甘いキスと苦いキス」如月 凌



 室長とのキスは、いつもミント味。
 他の人に口臭で不快感を与えないようにと、食事の後には必ずミント味のタブレットを噛む。
 どちらかと言えばミント味は辛くて苦手だけれど、室長とのキスの味は嫌いじゃない。
 でも、今日のキスはいつもと違う気がする。何処が違うのかは、今のぼんやりとした頭では分からないけれど。


「んっ……、ぁ……ふっ」


 小さく濡れた音を立てて、唇が解かれる。
 キスで上気した凌の頬を優しい手付きで撫で、レイヴンは耳元に唇を寄せて囁いた。


「キス…大分上手くなりましたね、凌」


 クスリ…と笑いを含んだ声が鼓膜を刺激し、耳にかかる息にゾクリと身体が震える。

 キスが上手くなったと褒められても、どう反応したら良いのか困ってしまう。
 否定すれば良いのか、肯定すれば良いのか。


(でも、頷けば自分が凄く淫らになってしまった気がするし……)


 そもそも、自分ではキスが上手くなったかどうかなんて分からない。


「し……、室長が悪いんです……。私は別に……」

 
 結局、上手い言葉が浮かんで来ずレイヴンのせいにしてしまう。
 彼の胸におでこを当て、拗ねたように言えば、レイヴンがクスリと笑った。


「そうですね。私が凌にキスをしてしまうから、凌も自然と私の動きを真似して上手くなって来ているんですよね」

「ちっ、違います……!」


 カァッと顔が赤くなる。
 何てことを言うのだと顔を上げてレイヴンを睨むが、キスの余韻で潤んだ瞳では全くと言って良い程に効果は無かった。


「おや? それじゃぁ、凌は私とのキスは嫌いですか?」


 何故この人はこう、反応に困ることばかり言うのだろうか。


(室長、絶対に私で遊んでる……)


 意地悪だと思う。けれど、時に意地悪な所も嫌いにはなれない。
 少し意地悪な所も、仕事に厳しい所も、自分を大切にしてくれる所も、全部ひっくるめてレイヴンを好きだと思えるから。


「……嫌いじゃ、ないです」

「……知っていますよ。凌が嫌いなのは私のキスでは無く、苦いミント味のキスですからね」

「ど、どうして……」


 一度もキスを拒んだことも無いのに何故分かってしまったのだろうか。


「分かりますよ。キスの時、眉に少しだけ皺が出来ますからね。自分では気がつかなかったでしょう?」


 種明かしをするレイヴンの言葉に、凌は目を見張った。


(ってことは室長、キスの時私の顔を見てたってことですか!?)


「あ、悪趣味ですよ!」


 キスの時は目を閉じるのがマナーだと思っていた。
 もしかしたら、先程のキスの時も表情を見られていたのかもしれない。


「でも、今日のキスは苦くなかったでしょう?」

「あ……、んぅ……」


 頷を右手で固定され、再び唇を塞がれる。


(あっ……!)


 さっきのキスの最中に感じた僅かな違和感。でも、それが何だったのか今なら分かる。
 今日のキスは、いつものミント味では無く、ほのかな甘みのするレモン味のキス―――


「どうですか? レモン味のキスは」


 唇が解かれ、問われた言葉。


「……し、知りません」


 プイッと横を向いて答えれば、腰を抱いていた腕が背中にまわり、両腕でギュッと身体を抱き締められる。


(レモン味のキスが気に入ったことは、室長には暫く秘密にしておかなきゃ……)



*END*



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