『後悔先に立たず』Side千早



 今思えば、あの時止めておくべきだったのかもしれない。

 あれは、もうすぐ高等部に進学する十五歳の冬―――


 最近、親父が何処か思いつめたような顔をしていることが多くなった。

 最初は仕事絡みかと思っていたが、親父が部屋で誰かと電話しているのを偶然聞いてしまった。


『何度も言ってるけど、私と付き合っても毎週君の為に時間を割くことは出来ないんだよ』


(女……?)


 親父の部屋を横切ろうとした時、部屋から漏れてきた声に足を止めた。

 平日は親父が遅いから、俺も仕事が忙しくない時は家事をしている。
 だから休日は主に親父が家事をしてくれる。

 親父は母さんが死んでから、俺を一番に考えてくれている。
 俺がまだ未成年で子どもだからだ。

 だけど、俺は親父の幸せの重みになりたくないんだ。

 会話の端々から、親父が電話の相手を大切にしているのが分かる。
 それ程、相手のことが好きなんだろう。


(だったら、答えは決まってるじゃなねーか)



***



 俺は翌朝、朝食の準備をしていた親父に言った。


「親父はさ、もう俺を一番に考えなくても良いぜ? 母さんと同じぐらい好きな女が出来たんだろ?」


「千早……、何を言い出すんだい?」


 俺の突然の言葉に、親父は笑いながらテーブルにポテトサラダの入った器を置いた。


「悪い。昨日、立ち聞きしちまった……」


 俺は俯きながら告白する。立ち聞きなんて、褒められたもんじゃないから。

 俯く俺に、親父は一つ息を吐いた。


「悪い子だね。……うん。大切にしたい女性が居るんだ。お前や霞(かすみ)と同じぐらいにね」


(……俺と母さんと同じぐらい、か)


 その言葉に、俺は少し胸が痛んだ。


(親父に幸せになって欲しいのに、母さんを忘れて欲しくないなんて……)


「じゃぁ、付き合えば良い。俺は別に止めないからさ」


 親父は俺の言葉に微笑んだ。


「そうだね。有難う」


 親父には幸せになって欲しい。
 本当に、心からそう思ったんだ。


(だけどさ……)



***



 昼休みに学カフェ横の自販機に行くと、霜月が居た。


「やっほー、長堀君」

「……これは無いよな」


 付き合ってる相手が息子と同い年だなんて、誰が想像出来たと言うのか。
 これじゃあの後親父に「彼女を千早に紹介するのは、お前が成人してからにするよ」と言われるわけだ。

 あの時は俺が大人になってからの方が、相手が気負いしないだろうって配慮からだと思っていた。


「無いって、何が? 飲みたいジュースが無かったの?」


 霜月が俺の言葉に眉を寄せる。


「別に。何でもないさ」


 あの時、止めれば良かったと思うことは度々ある。


(あの言葉が親父の背中を押したっぽいしな)


 つまりは俺の自業自得。

 だけどやっぱり……、結局は俺も親父が大切ってことなんだよな。



*END*



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