「奏とお酒」



 それは、なかなか眠つけない夜の出来事。
 夜、ホットミルクを飲みに部屋を出た奏は、リビングから明かりが漏れていることに気がついた。


「珀明さん?」


 部屋を覗くと、珀明とレイヴンがソファに座って珍しく日本酒の入った升(ます)を傾けていた。


「奏様も一杯如何ですか?」


 そう言って、レイヴンは奏に日本酒の入ったおちょこを差し出す。


「よせレイヴン。奏は未成年だ」


 珀明はレイヴンの言葉に不愉快そうに目を細め、レイヴンの手からおちょこを奪った。
 レイヴンは苦笑しながら「冗談ですよ」と降参するように両手を上げてみせる。

 二人とも、既にかなり飲んでいるのだろう。テーブルの上には空の日本酒や焼酎の瓶が置かれている。


「お酒は入りません。ですが、眠れないのでご一緒しても良いですか?」

「ああ、構わない」


 珀明は奏が隣に座るように、ソファの上に置かれていたクッションをどけた。



***



 どのくらい時間が経ったか、ホットミルクを飲み終わり、三人で談笑していると奏は頭が徐々にボーっとしていくのを感じた。


(どうしたのかしら? 身体が、暑い……)


「瑪瑙?」


「ん……」


 返事をしたいのに、上手く声が出ない。
 身体も重く、言うことを聞かない。


(どうして……?)


 その様子を見ていたレイヴンが、奏の手首に触れる。


「奏様、顔が赤いですね。脈も速い……、まさか……」

「どうした」


 急に口ごもったレイヴンに、珀明は続きを促すように視線を向けた。

 レイヴンは困ったように眉を寄せ、酒を冷やす為にテーブルの上に置いていた氷水でタオルを濡らし、奏の頬にあてた。
 そして、おもむろに口を開く。


「……酔っていますね」

「誰がだ?」

「奏様です」


 レイヴンの言葉に、珀明は奏の顔色を見る。
 確かに、酒に酔ったように頬が赤い。

 だが……


「酒は飲んでいないだろう?」


 奏が飲んでいたのはホットミルクで、酒は一滴も飲んでいない。


「そうなんですけどね。どうやら、照明の熱によって空気中に蒸発したアルコールに酔ったようです」


(空気中に蒸発したアルコールで?)


「まさか……」


 そんなことが本当にあるのだろうか。俄かには信じ難い。


「俺も稀にあると本で読んだことはありますが……。本当にあるんですね」


 レイヴンも父親の葉月同様、医学部を卒業している。
 レイヴンは珀明が信用する数少ない人間の一人だ。疑ってはいない。

 珀明は苦しそうに瞳を閉じている奏の身体を抱き上げた。


「部屋に戻る。お前の部屋はいつものゲストルームを使え」

「はい。後片付けはしておきますよ。お休みなさいませ」


 レイヴンは部屋の扉を開け、珀明と奏を見送る。
 部屋に戻り、再び升に手を伸ばしたレイヴンは寝室へと戻った珀明と奏のことを考えていた。


「蒸発したアルコールに酔うとは……」


(奏様、二十歳になったらどうなってしまうんでしょうかね……)


 その頃珀明も寝室に戻り、奏をベッドの上に降ろしていた。

 靴を脱がし、服の前をくつろげる。
 少しは楽になったのか、酔いが回っている奏からは安らかな寝息が聞こえ始める。

 珀明は眠る奏の頬に指先で触れた。
 指先から伝わってくる奏の熱。


「お前は一生禁酒だな」


 蒸発したアルコールでこれでは、酒を飲むとどうなるか、想像に堅くない。

 奏と一緒に居ると、珀明の暗く閉ざされた心に光りが射す。
 淡く優しく光るそれは、心を包み込むかのように温かい。


 願わくば、温もりが消えることのないように―――



*END*



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